三国志 〜生と死と心〜

原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ

     12】 心友・呂澄真英と董海輝栄

その後、張遼との辛い別れを乗り越え、関羽は成長していった。
関羽は、父親の関悦も身長が高かったこともあり、どんどん背が伸びて、十五歳で、八尺(現代では、一八四センチメートル)を少し超えていた。

しかしある時、不景気で関悦の商売が危うくなり、関羽は親を助けるため、その親の反対を押し切り、豆腐の販売、木こりの仕事など、いろいろな商売で、生計を立てていたが、最終的には塩の密売に関わったのである。
関羽は、自分自身ではあまり自覚がなかったが、なかなかの商売上手で、お客にとても優しく、更に客からは、まだ若いのに落ち着いていて、義理堅く忠義心があると、慕われていた。
 
この塩の密売のために、この頃の関羽は親元を離れ、孫傑高進(そんけつこうしん)という豪商の下に住み込んで、働いていたのだった。
塩の密売は、今でいう、覚醒剤密売に匹敵するほどの極めて極秘性が高く、リスクの高い危険な商売であり、正義感の強い関羽には、初めはあまり気が進まなかった。

しかし、その時の関羽には、それを共に乗り越えられるような親友がいた。
彼の名前は、呂澄(りょちょう)、字は真英(しんえい)。
その頃から、関羽は髭を生やしてはいたが、それほど長くはなく、髪も短かった。
今のように長く美しい髯を蓄えたのは、実はこの呂澄の奨めである。

塩の密売に関わってもうじき三年。
関羽が、もうじき、十八歳になろうという、初夏のある日……。
「よう、関羽!」
関羽は、誰かに肩をポンと叩かれた。
「疲れただろ、飯にしないか。俺の飯、少しやるからさ。お前、やたら図体でかいから、普通の飯じゃ足りねえだろ?」
「ああ、呂澄。かたじけない」



彼が、呂澄である。
少し茶髪の髪に、多少の無精髭を生やして、関羽には全く及ばないものの、まあまあ背は高い。
性格は明るくて、少しお調子者のところもあるが、純粋で正直な性格で、関羽が最も心を許せる少年であった。

関羽は、呂澄と昼食を取っている。
呂澄が、まじまじと関羽を見つめていた。
「む、呂澄? わしの顔に、何か付いておるか」
「関羽は俺と同い年だけど、とてもそうは見えないなあ。俺たちより本当に落ち着き払ってるもんなあ!」
「そうか? わしは、お前とは同い年に見えぬのか、呂澄?」
「うん、ぜってー見えねー。それによぉ、そのしゃべり方! しゃべり方も、丁寧で……、なんっつーか、威厳みたいのがあるんだよな、関羽は!」
「ああ、実家の父上や母上に、立ち振る舞いや礼儀作法を教えて頂いたものでな……。父上や母上には感謝しておるよ」
「そっか。わりーけど。関羽って、こんな商売をするような柄じゃねーとは思うけどな。この稼業って、なんだか……って感じじゃん? 正義感の塊の関羽が、この仕事合ってるかなぁ?」
「そうか……やはり、そう思うか」
「けどさ。商売の才能って言うの? それは、関羽にはすっげーあると思うぜ!」
「商売の才能?」
「そうそう! どのぐらい金が出てって、どのぐらい儲かったか。関羽は間違いなく、ちゃんと記帳してんじゃん。なにより、客に評判いいじゃんか。そこらへんは、俺にはマネできねーな〜。やっぱ、関羽はすげーよぉー……」
「そ……そうか?」
関羽は少し照れていた。

呂澄が、そこで思い付いたように、瞳を輝かせて、関羽に提案した。
「そうだ! なあ! 関羽。お前の髯って、濃くて手触りいいなー。髪の毛も、しっかりしててツヤツヤだし。いっそのこと、その髯、伸ばせるだけ伸ばしたらどうだよ?」
「この髯をか?」
関羽は、右手で自分の髯を撫で、目を丸くして呂澄を見た。
「そうだよ! 男はやっぱり、髯を伸ばさなきゃ。俺なんか、どうも髭が薄くてさ。ちょび髭が精一杯で……」
「うむ……。そうだな。それは良いかも知れぬな」
「あはは、ちょび髭どころか、俺の場合、無精髭だよなぁ〜」
「ははは……」
関羽と呂澄は笑いあった。
「髯だけじゃねーよな。関羽は髪も綺麗だよ、男にしちゃあな。いっそのこと髪も伸ばしたらどうだろ?」
「ほう、髪もか?」

「それにさ、関羽は、青とか、緑とかが似合うと思うよ。一番合いそうなのは、深緑っつーか……そうだなぁ。緑と青を混ぜたような色かな!」
「ほう……。わしはそのような色が似合うと言うのか?」
「うん! ぜってー似合うと思うね! 逆に、俺が着てるような赤や橙色は……、多分、関羽には合わないだろうな。緑と青を混ぜたような色っていうのは、う〜ん、そうだな……。あ、晴れた日の、深い湖みたいな色だよ。すっげー綺麗な色なんだぜ!」
呂澄は、瞳を輝かせて笑う。
呂澄が関羽に似合う色と言った色は、日本の五色沼や十和田湖、電車ではJRの埼京線や常磐線のような色のことである。
信号機では、青信号のような、青緑色のことである。

「そういえば、三日後の六月二十四日って、関羽の誕生日だよな。うーん。贈り物は何にしよう?」
腕組みをして、関羽の誕生日プレゼントを何にしようかと、真剣に考え込む呂澄を見て、関羽は微笑ましく笑う。
「ははは、そう気を使わんでも良いぞ、呂澄?」
「お前の好きそうなもんって、……やっぱ本かよ? ……俺、書店になんて、行ったことねーしさぁ……あはは。お前さあ、いっつも、やったら難しそーな本、読んでんだもんな〜……。そんなに本が面白いのかよ?」
「ああ、ためになるし教養も増えるぞ。呂澄にも書を貸そう」
「げーっ。いやいや、いらねえ!」

そこへ、もう一人、少年がやってきた。
「おー、董海!」
「あ、呂澄じゃん。……関羽も」



彼の名は董海(とうかい)、字は輝栄(きえい)。
董海も、関羽や呂澄の仕事仲間であり、三人とも同い年である。
黒髪の、内向的な雰囲気の少年である。
いくら仕事仲間とはいえ、まだみんな十代。
日頃は、関羽、呂澄、董海の三人で、大抵一緒にいた。

呂澄は、ニヤニヤして、董海の肩に腕をかけた。
「へっへっへ、董海。お前、蘭仁(らんじん)ちゃんのこと、好きなんだろ〜?」
「ばっ……バカ言うなよ。俺は別に……」
「隠したって無駄だねっ! この呂澄くんは、ちゃんとお見通しなんだからさ。一体何年親友やってると思ってるわけ? 好きなんだよな!?」
「……うん……」
董海は、少し恥ずかしそうに、下を向いて答えた。
どんな時代であろうとも、恋はいつでも共通しているのだ。

「で、どーするんだ。男ならトーゼン、コクるんだろ!?」
「ん……でも。蘭仁は親方さまの娘さんだから、俺なんか無理だよ〜……」
「そんなことねーよ! 恋は気持ち次第さ。なあ、そーだろ関羽」
「ぬ? いや、わしはそのような話は……」
「なーんだよ、つまんねー。関羽はこの手の話に疎いよなぁ〜。ま、とにかく、俺たちは董海の恋を応援してっからさ! ガンバってコクっちゃえよ!」
「俺でも、大丈夫かなぁ?」
「だーいじょーぶだって!! まずはとにかく『好きだ』って気持ちを、正直にぶつけりゃーいーんだよ。結果はその後さ」
「そっか。うん。俺、頑張ってみようかな!」
「おー! いーぞいーぞぉ! それでこそ董海だ〜!」
董海が勇気を出したので、呂澄は手を叩いて喜んだ。

「頑張るのだぞ、董海。人は、守りたい者がおるから、強くなれるのだ」
関羽も、呂澄ほどあからさまではないが、喜んでいた。
「う、うん……ありがとう。呂澄、関羽……」
董海は、頭を掻いて、恥ずかしそうに笑っていた。

   

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