三国志 〜生と死と心〜

原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ

     14】 稼業の疑惑

そして、関羽の誕生日から一週間程が過ぎた、ある日のこと。
「なあ、関羽」
「む? どうした呂澄」
「俺さあ、少し気になってることがあるんだよ……」
「気になっておること……?」
「親方、最近、やたらと羽振りがいいと思わねーか?」
呂澄が、少々訝しげな様子で、関羽を見た。

「……そういえば、そうであるな。親方さまは一体……」
「俺たちにも、最近、毎日のように、酒や飯、やたらとおごってくれるじゃねーか。最初はさ、儲かってるんだろうなって思ってたけど、それにしてもさあ……」
呂澄は、なんだか不安そうであった。

その時、董海が歩いてきた。
「あ、董海じゃん!」
「ああ、呂澄。それに関羽も……」
「お疲れ! そうそう、董海は、親方とかなり仲がいいよな。親方、最近羽振りいいのかよ?」
「……うーん、……それは俺にもよく分からないなぁ……」
董海は、少し二人から視線を逸らした。
そんな微妙な董海の態度を、関羽は見逃さなかった。
「どうしたのだ、董海?」
「……えっ? ああ、関羽。なんでもないよ」
董海は、笑って否定した。
「まあ、仕事が軌道に乗っているのは、確かみたいだけどね……」
「そっか……」
呂澄はさっぱりした性格なので、董海にそれ以上は聞かなかった。

「なー、ところで董海。そんなことより、蘭仁ちゃんとはどーなった!?」
「あ……」
董海は、それを聞いて苦々しい様子で下を向いてしまった。
「あり? もしかして、ダメだったのか?」
「……」
関羽と呂澄は、董海のその顔を見ただけで、なんとなく分かってしまったのだった。
「そっか。まー、女なんて、いくらでもいるって! 今夜は酒でも交わすかっ!」
呂澄は、明るく笑って、董海の肩に手を回した。

関羽も、顔に出さないつもりではいるが、落ち込んでいる董海を見て、声をかける。
「董海……。大丈夫か?」
「……えっ……。ああ、うん……」
「呂澄はあのように言うておるが、好いておった者のことを、たやすく忘れることなど出来まい。それだけ心から思うておったのであろう。わしで良ければ、相談に乗るぞ?」
「ああ。大丈夫だよ、関羽。ありがとね」

だが、董海はそう言って、関羽から視線をそらした。
「蘭仁殿には、誰ぞ、心に決めた相手でもおったのか……?」
それを聞いた董海は、僅かにピクリとした。
そして、少し首を振った。
「……ホントに大丈夫だよ、関羽。心配かけてごめんね」
「そうか……」

人には、言いたくない悩みもある。
関羽はそう判断して、それ以上は聞かなかった。
「だが、董海……。心に留めておくのも、身体の毒となろう。その毒を吐き出す必要があれば、わしはいつでも相談に乗るぞ」
「うん……」
董海は、こくりと頷いた。

そして、呂澄や関羽が心配している不安は、的中したのである。

その頃、関羽の上司である豪商、孫傑が、やたらに高い暴利をむさぼり、今で言う振り込め詐欺や、オレオレ詐欺にかなり近いことをしており、主に物忘れの激しい老人が中心に、まんまと騙されていた。
その手口とは、次のようなものである。

この時代は三国時代に差し掛かる前の、後漢末期である。
よって当然ながら、銀行や銀行口座、電話、郵便、メールなどはなかったが、孫傑たちは、まず、お客の息子などを装い、手紙を書き、それをその息子たちの親である老人たちに送りつけ、直接出向いてお金を強引に騙し盗っていた。

少しすると、それでは騙されにくくなったお客に対して、お客の息子や娘を拉致監禁し、彼らを脅迫した上で、偽手紙を書かせて、お金を騙し取っていたのだから、ある意味現代の振り込め詐欺より卑劣で、悪辣であった。
そして、それに逆らう者たちは全員、周りにばれないように殺害すると、山林や川などに、その遺体を遺棄していた。
更には、架空請求や、押し貸しや、空貸しに極めて近いこともしており、存在しないはずの借金をでっち上げたり、やりたい放題であった。
現代の最も卑劣なハイテク犯罪を、孫傑はもう既にしていたのである。

しかし、そんな完璧だったはずの孫傑の詐欺も、段々とほころび始めた。
部下の関羽たちに、その犯罪の一部始終が、明らかになりつつあったのである。

関羽は、きょうも、塩の取引をしていた。
「おお、お客さま。いつもありがとうございます」
「関羽さま……」
お客の老婆は、関羽の常連客であったが、今日は顔色が悪く、その瞳の輝きも優れず、不安と心配、そして戸惑いの色があった。

「……お客さま。今日はお顔の色が優れませんな」
「……」
「どうかなされましたかな?」
「……関羽さま。この手紙をご覧下さい!」
「なに……?」
関羽は、お客の老婆から手紙を受け取り、それに目を通した。

「……これは……。『このままでは、飢え死にしてしまうので、母上にご迷惑をかけることはわかっていますが、どうか至急、僕にお金を貸してください』……? ……この手紙は、ご子息が下さった書状ですか?」
「……息子が、お金に困っていると、私に手紙をくれたので、私はそのお金を、ある人に頼んで届けてもらったのです。しかし、一ヶ月が過ぎても、その息子から連絡がありません……!」
お客の老婆は、だんだん、感情を激し始めた。
「息子は、一体どうしたのか心配でなりません。それに、あの子は義理堅く真面目で、どんな場合でも、親の私に、泣き言を言うような子ではありませんでした。どう考えても、このような手紙を書く子ではなかったのですが、でもこのご時世ですから……。しかし……。実は、息子が以前に書いた手紙も持ってきたのですが、どうも、今思うと、息子の字ではないような気がして……」
「なんと……。ご子息の書状も、もしお持ちであれば、見せて頂けますかな」
「はい、こちらです」
老婆は、関羽に、もう一つの書状を手渡した。

「むう……」
もう一つの書状を受け取った関羽は、顎鬚に手をあて、以前に息子がよこしたという書状と、今回の書状をよく見て、深く考えていた。
呂澄も、関羽と手紙を交互に覗き込み、いぶかしんでいる。
「おい、関羽……これって……」
「うむ、今回の書状の筆跡は、明らかに、ご子息の筆跡とは異なるものだ」
「これって、どういうことだよ……?」
呂澄が、怪訝な表情で、関羽を見た。
「まさか……偽手紙?」
「うむ……」
関羽は、呂澄にうなずいた。

関羽は、引き続き冷静に、お客の老婆に訊いた。
「……では、その金銭を渡した相手の顔を、覚えておられますか?」
「……実は……言いにくいのですが、関羽さまや呂澄さまが、お塩の商売をなさっている所にいたお方に、顔がとても似ていたような気がしますが……」
「なに……? それは、まことですか?」
「はい、その時は、息子を救いたいと、焦っていたのですが、顔はしっかり覚えてます」

関羽と呂澄は、顔を見合わせた。
関羽や呂澄の脳裏に、一種の小さな疑惑が浮かんだ。
「……おい、関羽。もしかして、親方って……」
「うむ……。まだ事の真相は明らかになってはおらぬから、なんとも言えぬが……。わしもここのところの親方さまのご様子は、腑に落ちぬ……」
「もしそうだとしたら、どーすりゃいーんだよ……?」

呂澄は、動揺している様子であった。
関羽は、いつもの様子で呂澄の気を落ち着かせた。
「落ち着くのだ、呂澄。まだ決まったわけではないであろう。いずれ、わしがそれとなく親方さまに訊ね、真相を確かめようと思う」
「うん……そだな」
「それに、上の方を信じることは、我々部下の務めだぞ」
「まあ……そーだけどな」
呂澄は、関羽に軽く頷いた。

   

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