三国志 〜生と死と心〜

原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ

     20】 関羽と張飛

「いっただっきまーす!」
張飛は、にこにこ笑って、元気よく叫んだ。
関羽は、そんな張飛の様子を、目を細め、微笑みながら見ていた。

「ほう……。きちんと『いただきます』と言えるのだな」
「は? そんなん、当たり前じゃん?」
張飛は目を丸くした。
「近頃の若い者たちは、『いただきます』すら言わぬ者たちが多いのだ」
「へー、そーなんだ……つーか、関羽だって、一応二十歳なんだろ? 若いやつのうちに入るんじゃ?」
「まあ、そうだのう……」
「あー、やっぱ、中身はおっさんだな〜!」
「これ、張飛……」

最初は、張飛を見て、にこにこしていた関羽だが、張飛があまりにも食べるので、次第に驚き始めた。
「張飛……。お主、少しは遠慮せぬか! 食べ過ぎだぞ」
張飛の食べっぷりに、関羽はビックリしていた。
「それに、あまり早く食べると、腹を壊すであろう」
「そんなん、俺なら大丈夫だって」
「そういう問題ではないぞ」
「関羽。おめー、俺よりでけー身体なのに、あまり食わねーのなー……」
「お主が食べ過ぎるのだ!」

それから、張飛は、関羽が思った通り、行儀が悪かった。
礼儀正しい関羽は、顔をしかめて、張飛を注意した。
「これ! ひじを卓上について食べるな、行儀が悪いぞ」
「は? あー、わりいわりい」
「これ、張飛! 飯に箸を刺すな。それは仏に供えるやり方で、最も行儀が悪いのだぞ!」
「……なんだよ〜。うるせーなぁ。そんなの、どーでもいーじゃんかよ」
「ほう……。そのような溜口を申すなら、勘定はお主に支払ってもらうぞ?」
関羽が、少し冷ややかな目で張飛を見たため、張飛は慌てた。
「え〜っ!? 嘘。今の、冗談だからよ!」
「ははは……」
関羽は、呆れながらも笑って、張飛を優しい瞳で見ていた。

「のう、張飛。なぜ、ご馳走を食べる前に、手を合わせ、いただきますと言うか、知っておるか?」
「は? 知らねーけど?」
「その命をありがたく頂き、自分が神に生かされるという、感謝の心から言うのだ」
「へえ……」
「我々は、生まれてから、必ずものを食べてきた。それだけたくさんの命に、支えられて生きておる。だから、食べ物も、自分の命も、そして人の命も。慈しみ、大切にせねばならぬのだ」
「……そっかあ。そーかもな」
張飛は、関羽をじっと見て、素直にうなずいた。

「ごちそーさま! あー、食った食った〜!」
「これこれ……」
張飛は、機嫌良く腹をポンと叩いている。
そんな張飛を見た関羽は苦笑していたが、久々に明るい気分であった。

食事をし終わった関羽は、早速、張飛を自分の邸宅に案内しようとしていた。
「関羽って、いったいどこに住んでんだ?」
「この楼桑村の外れ、川のほとりに、わしの自宅がある」
「へー。どんな部屋なんだろ」
「書斎と寝台があるが……」
「書斎? へー……」

少しして、関羽と張飛は、関羽の邸宅に到着した。
関羽の邸宅、すなわち草堂は、決して大きなものではなかったが、のどかで落ち着いた、彼らしい場所であった。
関羽は、優しく笑いながら張飛の背中をそっと押した。
「さあ、張飛。こちらへ参られよ」
「へえー。この奥が、関羽の書斎とやらか?」
「その通りだ」
張飛は、関羽の書斎を見渡して、少々眉間にしわを寄せた。
「……つーか、男の部屋にしちゃー、かなり綺麗に片付いてんなぁ〜。こざっぱりし過ぎなんじゃね?」
「そうか?」

関羽の書斎には、たくさんの巻き物や経典、書物が並ぶ。
その光景はまるで、現代で言えば、小さな図書館のようであった。
それを初めて見た張飛は、びっくりして大声を上げた。
「あんじゃこりゃー!? このわけの分かんねー本、全部、関羽のかぁ!?」
「ああ。わしが所持しておるものだ」
「……まさかこれ、全部読んだんかよ!?」
「もちろんだ」
「げーっ!!」
張飛の顔は引きつっていた。

その引きつった顔のまま、張飛は関羽に視線を移す。
「……関羽、おめーってもしかして、結構頭良いんか……?」
「自らそうは思わぬが、学ぶのは苦ではない。なにしろわしは、塾を経営しておるからな」
「え〜! 塾!?」
「そうだ。ほれ、先程渡り廊下があったであろう? あちらへ行くと塾の学童舎だ」
「……頭悪そーには、見えなかったけどよ……まさか塾の先公だったなんて」
「張飛。お主はどなたかに、学問の手解きを受けてはおらぬのか?」
「受けてねーよ、習ってねえ。つーか、俺、勉強嫌いだし!」
「ははは……そうか」
「俺んちは肉屋で、親父とお袋、兄ちゃん姉ちゃん、俺が一番下なんだけどさ。切り詰めてなんとか五人で暮らしてる。だからよ、塾に通う余裕なんかねーってわけ」

それを聞いた関羽は、神妙な顔になった。
「そうか……」
「ま、金あっても、俺は塾なんてごめんだけどよ! 俺、塾って柄じゃねーじゃん?」
「そんなことはないと思うがな……」
「でも、俺、ガキは好きだぜ。関羽も、塾の先公やってんじゃー、ガキばっか相手にしてんだろ?」
「そうだのう……そのようになるか……」
「ガキ好きに、悪いやつはいねーよ! 関羽はいーやつだな! 目ぇ見りゃ分かるぜ」
「……ははは、それはわしの台詞だぞ」

張飛は、関羽の邸宅の部屋を見渡している。
「なんか、いろいろあんなー……」
「わしは、美術品や骨董品や掛軸などに、割りと関心があるぞ」
「ははっ。俺、ぜーんぜんねーや! 興味あんのは、メシと酒ぐらいかな!」

「なんだこれ?」
「これはわしが書いておったもの。『春秋左氏伝』という書物を写したものだ」
「なんか難しそだなー……」
「そうか?」

グー、ギュルルル……。
「あ〜。腹減ったー!」
「何っ!?」
関羽はそれを聞いて驚いた。
「張飛。お主……先程わしと共に、食堂で食べたばかりではないか!」
「仕方ねーじゃん。腹減ったんだからよぉ〜」
「全く、一体どのような腹をしておるのだ?」
「どーしよう。あー。マジ、腹減ったなぁ〜。なあ、関羽。今度は俺がカネ払うからさ。また食いに行かねーか?」
「仕方あるまい。そこまで申すなら、再び張飛の腹ごなしに付き合うこととするか」
関羽は、ゆっくりと立ち上がった。

「俺さあ。いろんな店のメシ、食ってみるの好きなんだ」
外を歩きながら、張飛は明るく笑った。
「そうか……」
「人生って、食うことが基本だろ? 人生一度きりじゃん?」
「そうだのう」
「だからよ、出来るだけウマいメシ、食いてーんだ。ウマいメシ食って、幸せな思いすることが、一番いいって思うぜ」
少し街中を歩いて、関羽と張飛はとある店を見付けた。
「おー。この店、どーかな」
「割と大きなお店であるな。建物が新しいから、出来たばかりではないか?」
「そーだな。ここにしよーぜ」
関羽と張飛は、早速この店の料理を食べることにした。

ところが。
「!」
「張飛?」
麺を食べたとたん、張飛は眉間にしわを寄せ、顔をしかめていた。
「まっじぃー! げー、なんじゃこりゃ!」
張飛は、すっかり機嫌を損ねてしまっていた。
「おい、関羽。ここの麺は最悪だぜ! 麺は伸び切ってるしよ、こしがねーし、それに出汁が殆どねーじゃん! ざっけんなよ! これじゃー、俺の方がうまく作れるっつーの!!」
「な……何っ?」
関羽は、瞳をパチパチしていた。

張飛は、卓上をバンと叩いて乱暴な様子で立ち上がる。
「ちょ……張飛、何をする!?」
激怒した張飛は、どかどかと歩き、店主の胸倉をつかんだ。
「てめー、こんな激マズでカネ取ろーってか!?」
「ひいっ! お客さまっ、ご勘弁ください〜っ!」
張飛のそんな一面を初めて見た関羽は、張飛を止めに入る。
「やめろ、張飛!」
しかし、激怒している張飛には、関羽の声が聞こえていないようだ。

「いい加減にせよ!!」
とうとう、関羽が張飛に怒鳴った。
「!!」
「やめろと言うておるのが分からぬのか!!」
「……わ……わりい、関羽……」
張飛は、ハッとして、関羽に謝った。

関羽は、瞳を閉じ、一息ついて言った。
「今回も、勘定はわしが払う。これで不満はないであろう……」
「え〜! いいって、関羽。そこまでしなくても!」
「では、なんだ。他に案があると申すのか? 言うてみろ!」
関羽は、とても鋭い目で、張飛を睨み付けた。
その関羽の気迫に、張飛は恐れをなした。
「こ、こえ〜……」

関羽は、鋭い目つきを少し伏せて、低い声で張飛に言った。
「わしが、勘定を支払うその代わりに、帰ったら、張飛。お主が同じ麺を作るのだぞ……」
「う。うん……」

張飛は、少々びくびくしながら、関羽を見た。
「……関羽って、怒るとこえーな……」
「そうだ。わしをあまり怒らせない方が良いぞ」

関羽は、張飛に怒鳴られた店の主人に丁寧に謝罪した。
「店主殿。わしの連れの者が大変ご無礼を働き、心よりお詫びを申し上げる所存にござる……」
「へっ? い、いや……大丈夫です」
関羽の恭しい態度に、店主は頭を掻いていた。
どうやら、この店主は荒い性格ではないようで、事なきを得た。

店を出た関羽は、冷静な様子で、張飛に説教をした。
「確かに、あの店の麺は、お主の言う通り、あまり美味くはないものであった。しかし、それを相手に直接言うのは無礼であろう?」
「なんだよ。言わなきゃ、あの店はずっとあの味のまんまだろ!? だから、味覚と料理の天才の俺が、直接ガツンと言ってやるんだよっ!」
「直接言うにせよ、聞いたところ、お主は言い方が荒くれておるからのう……」

関羽と張飛は、自宅に帰っていた。
「まことに、あの店より上手く作れるのだろうな?」
「出来るっつーの!」
「まことであるな? 男に二言はなしだぞ」
「あー、わーったよ! ぜってーウマいもん作って、関羽の舌を痺れさせてやる!」
張飛は、拳を握って、自信たっぷりにそう言った。
関羽は、穏やかに笑っている。
「ほう……大した自信だのう」
「あったりめーだ!」

張飛が、関羽の邸宅の台所で、早速、関羽に言われた麺料理を作っていた。
関羽は、書物に目を通して、じっと張飛を待っている。
「関羽。わりいけど、も少しかかるぜ」
関羽は、書物から張飛に視線を移して、こくりとうなずいた。
「良いぞ。何時間かかろうと構わぬ」
「待つの、イライラしねーか?」
「安心せよ。わしは気が長い方だ。待つことは苦にはならぬぞ」
「そっか。俺と逆だなあ〜……」
張飛が感心して、呟いた。
「それにしても、関羽んちの台所って、すっげー広くて。料理しやすいな」

少しして、張飛の麺料理が出来上がった。
「関羽。出来たぜっ!」
「おお、そうか。待っておったぞ」

「どれ、では味見してみようではないか……」
「熱いから気を付けろよ」
「ははは、大丈夫だ」
張飛の麺に口をつけた関羽は、驚いて、細い目を見開いた。
「これは……! 美味い!」
「な! だから言っただろ!? 俺は天才だって!!」
「自らそう申すのは、少々引っ掛かるが……、あれほど申すだけのことはある。このなんとも絶妙な味は……」
「へへっ! やっぱ、ウマいって言ってもらえると、何度でも作りたくなるな」
「お主、なかなかやりおるな。この麺は何度でも食したくなる」
「よっしゃ! 関羽の舌を痺れさせたぞ!!」
「ははは、確かに痺れたぞ」
張飛は、ガッツポーズをして、明るく笑っているので、関羽も思わず笑っていた。

   

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