三国志 〜生と死と心〜

原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ

     【21】 青龍偃月刀と蛇矛

食事をし終わった関羽は、引き続き、張飛に自宅の案内をしていた。
「なあ、関羽。あっちはなんだ?」
「あちらは、武器庫だ」
「おー、興味あんな〜。見せてくれよ」
「構わぬが、武器庫であるからな。気を付けるのだぞ」
「わかってるって!」

関羽は、鍵を取り出し、武器庫の扉を開けた。
関羽の持つ武器が並ぶ。
「おー……、すげー……」
それを見た張飛は、驚いていた。

「わしは、本来武器は好まぬ。やはり人を殺めたり傷付けたりするような物であるからな。だがこの物騒な世。やはり武器は持っておるに越したことはあるまい」
「だよなぁ……おっ!」
関羽が持っている武器の中でも、やはり張飛の目に留まったのは、あの青龍偃月刀であった。

「関羽。お前、なかなかすげー武器を持ってんな。こりゃー、大刀かよ?」
「これは、我が武器で、青龍偃月刀というのだ……」
「へえ〜。見せてみろよ」
「うむ、構わぬが……。お主なら、力がありそうだから、青龍偃月刀を持つことが出来ようぞ……」
「そんなに重いのかよ? ……まー、軽そうには見えねーけど……」
「ああ、重いぞ……」
関羽は、青龍偃月刀の刃先に巻いていた厚布の紐を解いた。
青龍偃月刀の青白い刃が、鮮やかに現れる。

「!!」
初めて、関羽の青龍偃月刀を見た張飛は、一瞬、息を飲んで、黙ってしまった。
「どうした、張飛……?」
関羽は、怪訝な顔になり、張飛を見た。

「……」
張飛は、黙って、一種の、なにかに取り付かれたような、ぼうっとしているような瞳になり、青龍偃月刀の刃先に手を伸ばした。
青龍偃月刀の青い光に魅入られたのだ。

関羽が、ハッとして、声を大きくして叫んだ。
「これ! 刃先には触れるでないぞ! 張飛!!」
「はっ!?」
張飛は、ハッと我に返った。
「わ、わりいわりい! あまりにもすげぇ武器だから、ついつい触りたくなっちまったよ!」
「張飛……。お主は素直な上、正直な性格のようだから、我が青龍偃月刀に取り付かれぬかと、心配はしておったが……」
「どういう意味だよ?」
「まあよい、張飛……。気は確かか?」

青龍偃月刀は、ただの武器ではない。
人の心を惹きつけるという、恐るべき霊力を持つ神刀である。
「……こんな綺麗で強そうな武器、今まで見たことねーや……。なんか、関羽みてーな武器だな……。関羽が武器になったら、こんな感じなんじゃね?」
 
関羽と張飛は、庭に出た。
関羽が、張飛に青龍偃月刀を差し出す。
「よいか、張飛。くれぐれも刃先には触れるでないぞ! 分かったな……」
「分かったよ」

張飛は、青龍偃月刀を持ち、びっくりしていた。
「な、なんだこれは!?」
張飛は、びっくりしていた。
張飛の太い腕に、ずっしりと、青龍偃月刀の重さが伝わる。
「こりゃあ、相当重いや! そりゃ!」
張飛は、青龍偃月刀を振り回した。

「おお……」
関羽は、穏やかであったが、驚いて目を見張っていた。
「これは……、張飛は、想像以上の豪傑だ。我が青龍偃月刀を、あのように振り回せるとは……」
「うっへー。やっぱこれ、重いよ。なかなかキッついなー!」
張飛は、関羽に青龍偃月刀を返した。
「いや、驚いたぞ、張飛。なかなかのものだ。我が青龍偃月刀を、そこまで振り回すことが出来ようとは……」
「え。そうなんだあ!」
「今まで、そのような者は誰一人おらんかったぞ」
「関羽……。お前、こんな武器を今まで使ってたのかよ? すっげえ力持ちなんだな!」
「……!」
張飛のきらきらと輝く瞳が、関羽には、一瞬、死んだ呂澄の瞳に重なって見えた。
それを見た関羽は、一瞬、目を見張った。

「なんだよ?」
関羽が、自分をじっと見つめるので、張飛は不思議そうな顔をしている。
「おお、いや、なんでもない……」
関羽は、我に返った。
張飛は、呂澄に似ている。
そして、かつての幼馴染、張遼にも……。
そう気が付いた瞬間であった……。

『張』は、中国では、日本の『佐藤』や『高橋』という姓のように、現在でもきわめて多い姓であるが、それでも張飛は、張遼とも重なるところが多かった。
久しぶりに見た、汚れのない純粋な瞳の輝きに、関羽は眩しい思いがした。

「一体、どんぐらいあんだよ? 大刀(これ)の重さ……」
「ああ、青龍偃月刀は、八十二斤ほどであろう」
「はちじゅーにきん!? マジかー!?」
八十二斤とは、現代では、なんと五十キログラムほどにもなる。
女性一人ほどもある、重い武器を、関羽は普段から振り回していることになるから驚きだ。

「ところで張飛。お主は、武器は持っておらぬのか?」
「あるにはあるけど……。みんな、俺の手に合ってねーみてーでさ。すぐにぶっ壊れちまうんだな〜、これが!」
「ならば、丈夫な武器を買えば良かろう?」
「あはは〜! 買おうとは思ってるけどよ。それが、みんな、酒代に使っちまうからさ。あはは〜」
「仕方のないやつだ……」
関羽は、張飛に呆れて苦笑した。

「うむ……」
関羽が、少し考えて、思い付いたように笑った。
「よし、分かった。わしが一緒に、張飛の武器を見ようではないか」
「けど、俺、そこまで金持ってねーよ……?」
「張飛。お主と知り合(お)うたのも、なにかの縁。わしのおごりで、張飛に武器を買おうぞ」
「え〜! マジかよ!」
「その代わり、大事に使うのだぞ?」
「うん!!」
「そして、少しは酒を控え、その分金銭を蓄えておくことだ。よいな」
関羽がきっぱりとそう言ったが、張飛はそれを聞いて、突然自信がなさそうな声になり、髭を掻いて笑う。
「え〜、あ、う〜ん……。酒とつまみは、俺の起爆剤なんだよな〜……」
「少しならば、確かに起爆剤にはなろう。しかし、お主の場合は、度が過ぎるからな……」
「関羽。お前ってなんでそんなに金持ってんだ? まさか悪いことしてんじゃ」
「なにっ!? わしは神に誓って、断じてやましいことなどしておらぬ!!」
関羽はぶち切れた。
「ひえっ! 分かったよ。冗談だよ! だって、関羽って、そんな柄じゃねーもんな」
「分かればよい!」
「あはは……」

こうして、関羽と意気投合した張飛は、蛇矛を手に入れた。
蛇矛は、今で言う、モリブデンと金剛砂(ダイヤモンド)などの合金が入った、大変硬い武器で、大豪傑の張飛には相応しい武器であった。
この蛇矛は、柄がかなり長く、一丈八尺もあり、現代では普通自動車の全長(四五〇センチメートル)ほどもあった。
一丈八尺とは、本来ならばなんと六メートルもあるのだが、本来の蛇矛は、上記の通り。
しかし、それでも相当な長さであることが分かる。

関羽の青龍偃月刀も、三六四センチメートル。
こちらも、軽自動車の全長ほどもあるようなものであった。
それに、先程述べたような重さである。
いかに関羽の力強さが凄まじいか、聞くだけでも分かる。
一方、張飛の蛇矛の重さは、関羽の青龍偃月刀ほどではないものの、それでも四十キログラムもあった。
以上のことからもわかるように、関羽と張飛は、相当な力持ちだったのだ。

「では、張飛。遠慮は要らぬぞ、かかってくるがよい!」
「よっしゃ、行くぜ、関羽!」
関羽と張飛が、お互いの武器で、試しにぶつかりあい、対戦していた。

関羽は、青龍偃月刀。
張飛は、蛇矛……。
両者は一歩も引かなかった。
「関羽……。お前みてーなつえー男、初めてだぜ」
「お主こそ、なかなかのものだ。これほど堪えぬ者は初めてだぞ」
「久々に本気出したぜ、関羽……」
「ははは、わしもだ……」

関羽は、優しい顔で空を見て、張飛に言った。
「張飛。そろそろ太陽が南に高く上がっておる。昼食を取ろうぞ」
「おーしっ! 待ってました〜!」

そんな風に、関羽は、張飛と出会い、過ごしていた。
二年前、孫傑を殺害後、大切なものを全て失い、諸国をさまよい続け、じっと耐え忍ぶような生活を送っていた関羽であったが、張飛と出会い、久々に心の底から笑っている自分に気が付いたのだった。

ところが、そんなささやかな幸せすら、奪っていこうとするものがあった。
それこそ、黄巾賊である。

   

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