三国志 〜生と死と心〜

原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ

     【23】 義兄弟の契り

その頃、張飛の住んでいる地域は、既に、黄巾賊が荒し回っていた。
まるで、かつての張遼の村のように……。

「ぎゃああっ!!」
「きゃああ〜!!」
「助けてーっ!!」
村人たちが悲鳴を上げている。

「うおりゃあっ!!」
「死ねーっ!!」
「へっへっへ。今日も大収穫だ!!」
それとは対照的に、黄巾賊の連中は、狂ったように嘲笑しているのだった。

ところが、黄巾賊に果敢に対抗する者がいた。
「やめろーっ!!」
「!?」
「黄巾め! やっつけてやる!!」
それは、張勢と張快の親子だった。

「なんだてめえらは!?」
「この周辺に住む者だ!」
「いい加減にしろ! 黄巾賊め!!」
「生意気な! やっちまえ!!」
黄巾賊は、張勢と張快に飛び掛ってきた。

しかし、さすがは張飛の父と兄である。
黄巾賊を、次々と倒していった。
「雑魚どもがっ!!」
「生意気な!!」
黄巾賊たちはうろたえている。
一見、張勢と張快が勝ったかのように思われた。

ところが……。
「くっ、こいつらーっ!! 同士を呼べ!!」
「なにしてる。早くしろ!!」
張勢と張快は、仰天した。
「なにっ、まだ仲間がいたのか!?」
「化け物め……! 黄巾賊はいったい何人いるんだ!?」

黄巾賊がここまで強く、都の官軍でさえ、その暴動を鎮圧できないでいた大きな理由のひとつは、その圧倒的な数の多さであった。
あっという間に、その場は、新しい黄巾賊たちの、黄色い巾の頭で埋め尽くされる。
「へっへっへ……こっちは五万といるんだぜ」
「卑怯者め……!」
これほどたくさんの数の黄巾賊たちと戦い続けるのは、張勢と張快の二人だけではさすがに辛かった。
次第に、二人に疲れが見え始めた、その時だった。

ヒュン!
「!」
「うっ……!」
次の瞬間、張勢の胸に矢が、深々と突き刺さった。
「あっ! 父さんっ!」
張勢は、その場にばったりと倒れこんだ。

「父さん! しっかりしろ!」
張快が、倒れた張勢に駆け寄った。
「へっへっへ……」
「ざまあ見ろ!」
「貴様ら……! よくも!!」
張快は激怒して、黄巾賊たちに立ち向かっていった。
「はああああ――!!」

しかし、無駄な抵抗というもので、張快もあっという間に、黄巾賊の刃の前に、ばったりと倒れた。
「む……無念だ……っ……」
別の場所では、すでに変わり果てた姿の張飛の母、そして姉の夕夏が遺体として横たわっている。

そのとき。
「てめえらーっ!!」
「な、何者だ!?」
関羽と張飛が、ようやく到着したのだった。
「何だ、おめえらも仲間か!」
「てめえら!! よくも父ちゃんたちを!! だあーっ!!」
張飛が、怒りの蛇矛を振り回し、あっという間に数人の黄巾賊たちが、吹き飛ばされた。
「貴様らなど、我が青龍偃月刀の錆となるがよい!!」
関羽も、青龍偃月刀を振り回して、応戦した。

「ひええっ!」
「逃げろっ!!」
「待てっ! 逃げるのか、ヒキョー者!!」
「覚えてろっ!!」
関羽と張飛の強さは相当なものなので、残った黄巾賊たちはあっという間に逃げ出し、その場は元のように静かになった。

しかし、失われたものは数多かった。
「父ちゃん! 父ちゃんっ!!」
張飛が、父の張勢に駆け寄った。
「しっかりしろ!! 父ちゃんっ!!」
「張勢殿……」

関羽は、急いで止血しようと、辺りに散乱するぼろ布を、張勢の患部に巻いた。
しかし、あっという間に、その布が真っ赤な血で染まった。
関羽が何度布を患部に巻いても、すぐに真っ赤な血が、布を不気味な赤に染める。
そして生々しい鉄分の澱んだ臭いが、辺りを覆いつくす。
それは、死の恐怖で満たされた臭いだった。

張勢の傷は大変深く、肩から心臓をざっくり貫いていた。
黄巾賊が放った、剣の凄まじい圧力には、さすがの張勢も敵わなかった。
それを見た張飛は、うろたえて否定した。
「あり得ねーよ……なあ! こんな傷、すぐ治してやるからさ! ……なあ、そーだろ? 関羽」
張飛は、関羽に話を振った。

「……」
しかし関羽は、険しい顔を隠せずにいた。
関羽は、張勢の運命を悟ってしまい、それを顔に出してしまっていたのだ。

「嘘……だ……」
そんな関羽を見た張飛は、平常心を失い、関羽の両肩を揺さ振った。
「嘘だっ!!」
張飛は、関羽の肩を激しく揺さ振る。
「なんとか言えよ! 関羽っ!!」
「……」
関羽は、張飛に何も答えられないでいた。
「おいっ!!」

そのとき、張勢が弱々しく、やっと声を出した。
「翼……徳っ……」
「父ちゃん!?」
張飛は、すぐさま張勢に駆け寄った。
「関羽さまは……俺のこと……よく分かっていなさる……俺はもう……長くはもたねえ……」
「!?」
「ざ……残念……だ……」
張勢が、張飛を見て力なく呟いた。
「翼徳……。もうこんな……世の中、たくさんだ……っ。後は……頼んだ……ぞ……」
その次の瞬間、張勢の体から、一気に力が抜けた。
「!!」

張勢は、瞳を閉じたまま動かなかった。
「う……うそだ……」
張飛は、呆然として、うわ言のように呟いた。
 
関羽は、張飛を見て呼び掛けた。
「……張……」
「うそだーっ!!」
だが張飛は、狂った様子で、関羽の言葉を遮った。
「!」
「父ちゃんが死ぬはずねえっ!!」
張飛は取り乱し、見境がなくなっている。
「ああああーっ!!」

「……!」
関羽は、こんな光景を、もう何度も見た。
一度目は、自分の弟二人の、関隆と関直。
二度目は、張遼の父親、張文。
そして、心友だった呂澄……。
 
関羽は毎回、彼らを救うことも出来ず、その都度、大切な人を失った。
そして今、張飛が、同じような惨劇に耐えられないでいる……。
次の瞬間、関羽は叫んでいた。

「しっかりしろ!! 張飛っ!!」
関羽は、険しい顔で、張飛の両肩を掴み返した。
「!!」
「張勢殿は……お主のお父上殿は、亡くなられたのだ!!」
関羽は、張飛に、辛い現実を突き付けねばならなかった。
張飛は、涙をぼろぼろこぼしたまま、驚いて目を見開いた。
「かん……う……」
「辛いであろうが、これが現実だ。お父上殿は、たった今お亡くなりになられた。そして、わしにお主を託された……!」

こうして無残にも、張飛が留守の間に、張飛の家族は全員、黄巾賊に惨殺されてしまったのである。
腕っ節に自信のあった、張勢でさえ、黄巾賊の卑劣な人海戦術には勝てなかったのだ。
これが戦争である。
戦争とは、愛する人を次の瞬間、一度に失うことである……。

張飛は、地面に両手をがっくりと付き、号泣した。
「俺には、もう誰もいねーんだ……」
張飛の瞳から、涙がぼろぼろこぼれ落ちた。
「ちきしょー……!!  黄巾め!!」

「張飛……」
そんな張飛の惨状を見た関羽は、いたたまれず、張飛に駆け寄った。
かつての、張遼の悲惨な様子を重ねていたのだ。
「……関羽、独りって嫌なもんだな。親父やお袋、兄貴、姉貴も殺された……」
「……」
「くうっ……」
張飛は、地面に突っ伏して泣いていた。

関羽は、そんな張飛に駆け寄った。
「……ならば、今よりわしが、お主の兄となる。張飛。もう独りとは思うでないぞ」
「……えっ?」
それを聞いた張飛は、驚いて顔を上げ、目を見開いていた。

「関羽が……、俺の兄貴に……?」
にわかには信じられない、張飛の顔はそんな顔であったが、関羽はその張飛の顔をしっかりと見て、ハッキリ言った。
「わしがそばにおる。張飛。お主が寂しくないように、ずっとそばにおる!」

   

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