原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ

     】 若い大豪傑・張飛翼徳

「じゃあ、元はみんな、黄巾賊より宦官が悪いんじゃないですか」
「その通りだよ、よく分かっているな」
「宦官が、宮廷が滅びる原因になっているのなら、宦官なんてつくらなきゃいーのに……」
子供の率直な考えに、劉備は同意した。
「そうだな。しかし、全部をひっくるめると、多分宦官も必要だから、今も続いているのだろうと思う。誰が悪いなどと、ハッキリとは決められないこともあるのだよ」
「でも、それで俺たちが苦しい思いをしているんじゃ、たまらないよ」
「そうだ、そうだ!」

劉備は、そんな子供たちの意見を聞いていた。
「その通りだな……」



そして、劉備は、空を見上げた。
何の変哲もない、いつもと変わらぬはずの空だったが、何かが起きそうな気がする。
劉備は、そんな空を見て、溜め息をついた。
「黄巾賊みたいな凶賊が出てくるなどと……。この世はこの先、一体どうなるのだろう?」

劉備は、その時、はたと気が付いて、王星に訊ねた。
「……そういえば、楊秀(ようしゅう)はどうした?」
「さあ? 僕は見てないなぁ……」
王星が、首をかしげた。

劉備は、そこで傍らにいた甘曄珠(かんようじゅ)に話を振った。
「曄珠(ようじゅ)。君は、確か楊秀の家と近くだったよね。見なかったかい?」
「ええ、玄徳兄さん。見ていませんよ」
この甘曄珠は、劉備とは幼馴染の少女で、劉備よりも十歳年下であり、十二歳である。
「煌珠(こうじゅ)は?」
「ええ、煌珠は、畑仕事をしてからこちらに来ると……」

その時、遠くから、劉備を呼ぶ声がする。
「玄徳先生ーっ!!」
「あ! 楊秀じゃないか! 一体どうした!?」
楊秀が、ひどく取り乱しているので、ただごとではないと、劉備はしゃがみ、楊秀と目線の高さを同じくして、尋ねたが、 楊秀はガタガタ震えて泣きそうである。

「こ……、黄巾賊がっ……」
「何、黄巾賊!? とうとう楊秀の村にまでか……?」
「……父ちゃんが……うっ……うっ……」
「お父上が……? まさか……殺されたのか!?」
「母ちゃんも……。僕を庇って……あいつらに服脱がされて……!!」
「……!!」
「なんで、こんな目に遭わなきゃなんないんだよ!! 僕……父ちゃんも、母ちゃんも、……何もしてないのに……!! うわああああ〜!!」
楊秀は、それ以上言葉を続けられず、泣き出してしまった。

「おのれ、黄巾賊め!!」
劉備は、怒りのあまり、拳を握り締めた。
「やりたい放題しおって!! もう許さん。絶対に許さん!!」

「あ!! 玄徳先生、どこへ行くの!?」
王星が制止した。
「楊秀のご両親の敵討ちに行くんだ!」
「失礼だけど、先生一人じゃ無理だよ!」
「そうですよ、玄徳兄さんにまで何かあったら、わたしたちはどうすれば……」
曄珠も、劉備の腕を掴み、止めに入った。



劉備は、それを見てハッとした。
「……済まない……。出過ぎた真似をしてしまったようだ……」
劉備は、皆に頭を下げ、泣いている楊秀を優しく抱きしめた。

そして、劉備も、涙をこぼしていた。
「玄徳先生……!」
「楊秀。行くあてがないのなら、取り敢えず僕の家へ泊まりなさい。我が家にも、大したものはないが……」

その時だ。
「曄珠〜!! 玄徳兄貴〜!!」
「あ! 煌珠っ!!」
甘煌珠(かんこうじゅ)は、曄珠の双子の妹で、やはり劉備の幼馴染である。
双子の姉、曄珠とは正反対で、とても活発な性格で、昔から喧嘩が強く、劉備よりも強いところがあった。

曄珠は、ひどく心配そうに、妹に駆け寄った。
「煌珠、畑仕事は……」
「ばか! それどころじゃなかったよ。黄巾の奴らが村に攻め込んできて、わたしも抵抗したけど、あんなにたくさんじゃ敵わないから、逃げるのがやっとだった……。くそーっ……! 黄巾のやつら、ふざけんじゃないよ……!!」
煌珠は、下を向いて、唇をかみ締めた。

「とにかく、煌珠も無事で良かった……」
劉備は、ほっと胸を撫で下ろした。

ところが、それもつかの間であった。
「大変だあ――っ!!」
遠くから、中年の男の叫び声がする。
「な、何だ!?」
劉備たちは、声のした方を見た。
劉備の年の離れた友人、村人の陳信(ちんしん)であった。

「りゅ、劉備さん!!」
「陳信さん、どうしたんですか!?」
陳信は、血相を変えて、息が切れ切れになって劉備たちに告げた。
「こっ、こっ、黄巾賊だっ。ここに黄巾賊が来るぞーっ!!」
「何だってっ!?」
「逃げろっ。逃げるんだっ!!」

すると、段々と、たくさんの馬の足音が、騒々しく聞こえてくるではないか!
と、同時に、男たちの狂気に満ちた声も聞こえてきた。
「はっはっは!! みんな奪ってしまえ!!」
「蒼天の時代は終わった。これからは、我が黄巾党の天下よ!!」
「逆らう者は殺せ、奪えーっ!!」

劉備は、そんな様子に目を見張った。
「とうとう、この楼桑村にまで……!」
そばにいた子供たちは、彼らを指差して、恐怖に騒ぎ出した。
「あっ!! 玄徳先生の言った通りだ!! あいつら、黄色い帽子をかぶってる!!」
「逃げろ!!」

そうしている間にも、黄巾賊の男たちは、片っ端から、村人たちを惨殺、暴行、財物強奪を始めている。
村人たちが命乞いをしても、完全に無視し、相手が子供ですら全く容赦しない。
それを見た劉備は、とてつもない怒りにぶるぶる震えた。
「な……、なんという卑劣なことをっ!!」

そして、黄巾賊の男たちは、まるで一仕事を終えたかの様な感じで、声を張り上げた。
「さあ、この村にも火をかけろ! 引き上げるぞ!!」
そして、彼らは火を点けようとしたが……。

「待てっ!!」
劉備は、思わず怒鳴った。



「ああん? なんだてめーは?」
黄巾賊の男二人が、馬鹿にするように、劉備を嘗め回すように見た。
一人は、髭を生やした風貌の男で、もう一人は若く、頬に傷のある青年であった。
そして、彼らは、劉備の目の前で、刀をちらつかせ、自分たちの方が強いという風な顔をした。



「はっはっは、てんで弱そうなへなちょこじゃねーか!」
「何か用か、若造?」
「お前たち、いささかやり過ぎだろう。もう充分ではないのか?」
「なんだと?」
「せめて、残った者たちに、盗った物を返してあげて欲しい!」
「うるせえっ!!」
「うわあっ!!」

劉備は、必死で黄巾賊に訴えたが、軽く吹っ飛ばされてしまった。
「あっ!!」
「玄徳先生っ!!」
「きゃああっ!!」
子供たちが悲鳴を上げた。

「さあ、馬鹿の言うことは放っといて、さっさとずらかるぞ!!」
「ま、待ってくれっ!!」
劉備は、必死で、黄巾賊の男の腕を掴んだ。

黄巾賊の男は、面倒くさそうに劉備を見た。
「あんだよ、まだ用かてめえ」
「ふん、ちんけな割には、威勢の良い若造じゃねーか」
黄巾賊の男は、馬上から降りて、劉備の顔をじろじろ覗き込んだ。
「おめー、名前は?」
「劉備という。字は玄徳……。この村で筵の草履を編んでいる」

すると、髭のある方の黄巾賊の男は、とんでもないことを言い出した。
「おう、劉備とやら。お前、わが黄巾党に入る気はないか?」
「なにっ!?」
一同は、騒然となった。

「黄巾党の教祖でいらっしゃる大賢良師さま、天公将軍さまともおっしゃるがな。張角さまは、偉大なお方なんだよ。あのお方を信じれば、乱世なんぞ今に吹き飛ぶ」
「そうそう、もう蒼天の時代ではないんだ。これからは、俺たち黄天の時代だぜ?」
「お前ほど威勢が良けりゃ、黄巾党に入っても、やってけると思うけどな」

「……」
少しの沈黙の後、劉備は、ギリッと黄巾賊の男を睨んだ。
「断る。誰が、楊秀のご両親や、他の者たちみんなの全てを奪った黄巾などに……。殺されたって入るものか!!」

「はっはっは〜!! 従えば命拾いしたものを。馬鹿な奴だぜ」
黄巾賊の男は、劉備に剣を振り下ろそうとした。
「じゃあ、遠慮なく殺すぜ!! でやあーっ!!」
「!!」
劉備は、思わず、降りかかる刃に身構えた。

「玄徳っ!!」
劉備の民家の中から、この時の劉備の様子を覗く女性がいた。
彼女が、劉備の母親である。
息子の最大の危機に、劉備の母親は、ギュッと目を閉じた。

しかし、その時だった。
バッキーンッ!!
何か、金属が割れる音がした。
「ぎゃあああっ!!」
同時に、男の悲鳴もした。

「!?」
「あっ!!」
劉備含め、一同は仰天した。
「ああっ!! 剣がっ!!」
なんと、劉備を殺そうとした、髭のある黄巾賊の男の持つ剣が、根元から折れてしまっていた。
黄巾賊の男は、びっくりして叫んだ。
「だ、誰だてめーは!?」



すると、劉備たちと黄巾賊たちの目の前に、男が一人立っていた。

彼はかなりの厳つい体つきで、ごつごつしており、おまけにその顔は、ごわごわの剛毛の、少し茶髪の虎髭に覆われ、恰幅が良く、しかも長身、おそらく八尺ほどもあった。

八尺とは現代でいうと、一八四センチメートル程なので、現代に換算してもかなりの長身の男であった。
ごわごわしたそのいかり肩には、かなり長く、刃先がくねくねと曲がっている矛が担がれていた。



「誰なんだてめーは!! 名乗りやがれ!!」
「俺か? 俺はなー……。姓は張(ちょう)、名は飛(ひ)だ!」
「張飛(ちょうひ)……?」
劉備は、突然現れた第三者、張飛と名乗った厳つい男に目を見張る。

黄巾賊の男たちは、今度は張飛を馬鹿にしていた。
「ふん、とんだお笑いもんだぜ!」
「はっはっは、この身の程知らずめ!! 何の用でここに来た!?」
「俺もここに住んでるんだよ。おめーらこそ、何の用でここに来たんだ。ああん!?」
「……!!」



張飛の、とても恐ろしく迫力ある顔と、虎が吠えるような凄まじい怒声を聞き、さすがの黄巾賊も恐れをなして、黙ってしまった。
張飛は、不機嫌そうに鼻息を鳴らした。
「へん! 黄巾賊って聞くだけで、むかむかしてくるぜ!」

張飛は、劉備を見て、言った。
「劉備だっけ? ちょっとどいてな。後は俺に任せろ!!」
「えっ、ええっ……!?」
劉備は、一体なにが起こったのかわからず、うろたえていた。

「こしゃくな……!」
先程、張飛に剣を折られた、髭のある黄巾賊の男は、激怒していた。
怒りのあまり、張飛に折られた剣を、地面に叩きつける。
「おいっ、さっさと代わりの剣をよこせ!」
「お、おう!」

別の黄巾賊の男が、彼に、鞘に入った剣を投げた。
剣を失った黄巾賊の男は、その剣を受け止め、鮮やかに鞘から抜いた。
新しい剣の刃が、ギラリと光る。

「黄巾党にたてつくとは、不届き者め!! まとめてやっちまえ!!」
「どりゃああああっ!!」

黄巾賊の男たちが、大勢、張飛一人に飛び掛ったが、張飛は乱戦に長けているようで、激しい乱れ討ちをし、次々と、うねった矛で黄巾賊たちを一網打尽にしていった。
この矛は、『蛇矛(じゃぼう)』という武器であった。



張飛は、まず、髭のある黄巾賊の男の首を、蛇矛で斬りつけた。
「!!」
劉備は、夢でも見ているかのように驚いた。
こんなに腕っ節が強い豪傑など、今まで見たこともなかったのである。

激しい金属同士の衝撃音が響き、黄巾賊の男たちの恐怖の声がし、後は、首を斬られ、完全に敗北した黄巾賊の男たちが倒れているだけであった。

「!!」
張飛には勝てないと分かった、黄巾賊たちは、残った頬に傷のある若い男を始め、続々と退散を始めた。
「まずいぞ、逃げろっ!!」

村人たちや子供たちは、驚きの声を上げた。
「すっ、すげえ!!」
子供たちは、張飛のあまりの強さに、思わず歓声を上げ、大勢で拍手した。
「おお……なんという強さの豪傑だ……」



張飛は、威勢よく豪傑笑いをして、筋骨隆々の腕を、がっしりと腕組みした。
「がっはっは!! 恐れ入ったか。しかし、黄巾賊にたてつくなんて、おめー、けっこうやるじゃんか!」
張飛は、そう言って、劉備に笑いかけた。
「あの黄巾の奴らに食ってかかるたぁ、そんな奴、なかなかいねーぜ」

張飛は、豪快に劉備に言った。
「さっきの威勢の良さを買って、俺たちの子分にしてやるよ!!」
「えっ?」
張飛の思いがけない申し出に、劉備は目を丸くした。



張飛は、さっきの戦いの時とは全く違う、よく見ると顔立ちが若く、一種の子供っぽい可愛さもある顔で、瞳を輝かせた。

「俺さあ、実は血が繋がってねーんだけど、兄貴が一人いるんだ。兄貴も、おめーみてーな子分がいたら、喜ぶんじゃねーかなぁ!?」
「血の繋がらないお兄上……義理のお兄上ですか?」
「うん! やたらくそ真面目で、怒るとすっげえこえーし、厳しいんだけど、めっちゃ優しくて、頭もいいし、すっげえつえー兄貴なんだぜ!!」
「はは……、そうなんですか。お兄上もお強いのですか」
「俺と同じぐらい強いぜ! って……う〜ん、多分、兄貴の方が強いかもな!」
「ご兄弟でお強いとは、素晴らしいですね。僕は一人っ子なんです。ですからご兄弟をお持ちとは、うらやましい限りです」

劉備が、そう言って笑うと、張飛もにこにこした。
「それなら、ちょーどいいじゃん! 俺たちの弟になれよ。可愛がってやるからさ! 劉備とやら。おめー、年は幾つだ?」
「僕は……二十二歳になります」
「に……二十二だと!?」

張飛はびっくりしていた。
「俺よりも、四つも年上か……。あ……兄貴よりも一つ年下なだけかよ?」
なんと、張飛はこの風貌で、まだ十八歳なのである。
張飛は、軽く頭を下げた。
「わ、悪かった。劉備。年上の奴を、子分にするわけにはいかねえ!」
「ははは……。そうですか。それでも、張飛殿。僕は、張飛殿とお友達になりたいです」
「だよなー! つーか俺ら、もうダチだし! 俺の兄貴もな!」

張飛は、元の上機嫌な顔に戻って、笑っていた。
そして、独り言のように、瞳を輝かせて、小さな声で呟いていた。
「つーか、兄貴のあれ! 撫でてーぐらい長くてつやつやで、綺麗なんだよな〜……」
「えっ? 撫でたいぐらい、つやつやって……?」



「えっ、あ〜! いやあ。こっちの話よっ」
「はあ……」
劉備が、キョトンとしていた。

「張飛さま……」
その時、劉備の母親が、張飛の前に進み出た。
劉備と張飛は、声のする方を振り返った。
「母上!」

「私は、この子の母です」
「あー。お袋さんかぁ! こりゃどうも、張飛ですっ!」
張飛は、劉備の母親に、にこにこ笑って明るく挨拶した。

劉備の母親は、張飛に深々と頭を下げた。
「貴方さまは、玄徳の命の恩人でございます。ぜひ、我が家へお立ち寄りくださいませ。大したものはありませんが、おもてなしさせて頂きたく……」
張飛は、明るく頭を掻く。
「えー! いやいや、そんな気を使わなくても!」
「いいえ、お米もお酒もございますので」
「えーっ! 酒だってえっ!? じゃー、遠慮なくっ!!」

張飛が、瞳を輝かせて喜んだ。
この張飛、何を隠そう、実はお酒が大好きなのである。
お酒を飲むことと、つまみをつまむことが、張飛の大きな楽しみであった。



張飛は、まるで子供のように万歳をした。
「よっしゃあ〜!! これで飲めるぞ〜。食えるぞ〜!」

そんな無邪気な張飛を見て、劉備と劉備の母親は微笑ましく笑っていた。



張飛は、劉備の家で、お酒とご飯をしっかり食べ、元気に笑っていた。
がつがつ食べている張飛を見て、劉備は驚き呟く。
「本当によく食べるなぁ……」

そうしているうち、張飛は、空になったお茶碗を劉備の母親に差し出す。
「おかわりっ!!」
「ええ〜っ!?」



劉備は驚いて、目を白黒させた。
「良いことですね。どんどんお食べになってください」
劉備のそれとは対照的に、劉備の母親は、にこにこ笑って、張飛から、空になったお茶碗を受け取ると、ご飯を盛った。
「おお〜! ありがてえ!」

そうしているうちに、張飛は、あっという間にご飯を食べ終わった。
「プハーッ、食った食ったぁ! ごちそうさま!!」
張飛の口の周りは、ご飯粒がところどころに付いていた。
張飛はにこにこ上機嫌に笑って、ご飯粒を取る。

そんな張飛の様子に、劉備はくすくす笑った。
「張飛殿。お髭にも、ご飯粒が付いていますよ」
「ええ? あー、わりいわりい!」



劉備は、張飛の口髭と顎鬚に付いていたご飯粒を、取ってあげた。
「えへへ……」
張飛は頭をかいて、ちょっと恥ずかしそうに笑う。

そして、張飛は、何かに気が付いて、目を丸くし、家の外を指差した。
「あれ? なあ、劉備。あそこのわらは、積んでる途中か?」
「ええ、まあ……」
「なーんだ、そうならそうと、早く言えばいいのに!」
「え? 張飛殿、一体何を……?」
「へっへー。俺は千人力だぜ。あんなのすぐに積んでやるよ!」
そう言うと、にっこり笑った張飛は、元気よく外に駆け出して、あっという間にわら束を、劉備が積む予定の位置に積んでしまった。



劉備と、劉備の母親は、更に張飛に感心した。
「おお……。あんなに重いわらを、あんな高いところに、しかも一瞬で」
「がっはっは!! 任せとけ!!」

そして張飛は、その近くに、まだ割っている途中である薪があることに気付き、劉備ににこにこ笑う。
「丁度いいや。それもやるぜ!」
「ええ? 薪割りまで……!?」
劉備は驚いていたが、張飛にはこんな仕事は朝飯前のようであった。

張飛は大きな斧を構えると、気合いを込めた。
「はーっ!!」



ガアンッ!!
あっという間に木が縦割りになり、薪ができた。
「せいっ!!」
カーン!!
「でやあーっ!!」

普通の者なら、かなりの肉体労働であるが、張飛にはほんの肩慣らしに過ぎないようであった。
劉備は、更に、張飛に感心していた。
「一撃で太い木を割るとは、なんという剛力だろう……」
でも、劉備は、張飛に対して、少々申し訳なく思えてきた。
助けてもらったのは、自分のほうだというのに……。

「張飛殿。なにもそこまでやっていただかなくとも……」
「いいってことよ。俺にはこんなもん、朝飯前だぜ!」
張飛は満面の笑顔であった。
それを見た劉備も、張飛につられ、笑顔になっていく。
「そうですか。本当にありがとうございます、張飛殿」
「劉備、おめーもありがとうな。お袋さんの飯、うまかったぜ!」

そして、その日の夕暮れ。
「じゃあな! 劉備。黄巾賊には気を付けろよ。また会おうぜ!」
「はい! 張飛殿、義理のお兄上に宜しくお伝え下さい!」
「ああ、今度は兄貴も連れて来るぜ!」
張飛が、元気よく劉備に手を振り、走って帰って行った。

「……なんという、力強い豪傑なんだろう」
劉備が、張飛に感心して、そう呟くと、劉備の母親が言った。
「あのような力強い人は、なかなかいませんね……」
「でもなんだか、可愛らしいところもあるなぁ……」

劉備は、張飛が義兄の話をした時の、子供のように輝いていた瞳、ご飯を食べられる時の喜びよう、髭にご飯粒が付いていて、取ってあげた時の、張飛のきょとんとした顔を思い出し、くすくす笑っていた。

張飛が帰って行ったのを見届けて、劉備たちは家に入った。
劉備が、感心したようにほうっと一息ついた。
「僕がもっと、張飛殿のように強ければ……」
「いいえ、立派でしたよ、玄徳」
「母上?」

「私は、お前のような息子で良かった。お前は、皆が逆らえない黄巾賊に、勇気を出して対抗した。本当に立派でしたよ」
「いえ、僕は……。単に無謀なだけです」
「いずれ、お前が世の中に立つ時が来ます。その時はもう目の前です……」
「母上……」
劉備は、そんな母親を見ていた。

   

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