原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ
【31】 謝る勇気は大切
ここは、とある一軒家の庭。
桃の木に、桃がたくさんなっている。
そこに、ひょっこりと人影が出た。
藍泰であった。
「よ〜し、誰もいないな……」
藍泰は、その庭になっている桃を勝手に取ってしまった。
藍泰は、顔を綻ばせた。
「うわ、うっまそう〜!」
その時、怒鳴り声がした。
「こらあっ!! 藍泰!! またお前かーっ!!」
「おーっと!!」
藍泰は、素早く逃げ出した。
「待てーっ!!」
「へへ〜んだ!! 追いつけるなら追いついてみやがれ! のろまの老いぼれくそ親父〜」
「この泥棒〜!! クソガキ藍泰め!! 今日という今日は許さんぞっ!!」
「しつけーなっ!! 桃なんかたくさんあるんだし、ちょっとぐらい、いいだろーがよ!」
しかし、その時、藍泰にとって聞き覚えのある低い男の声と、見覚えのある姿が現れた。
「これ!!」
「えっ!?」
誰もが目を見張るような長身、威厳高くて男らしい風格、一本一本、太く長く伸びる口髭に、黒々としてとても長い髯……。
藍泰の顔が引きつる。
「……この堅っ苦しいしゃべり方は……」
「藍泰!! 待たれよ!!」
藍泰は、びっくりしていた。
「やっ……、やっぱり関羽先生〜っ!?」
「待てっ!!」
「なっ、なんでこんな所に………、関羽先生がいるんだよ〜っ!?」
しかし、今はとにかく逃げるしかない。
藍泰は、必死で走り、関羽から逃れようとした。
関羽は、藍泰を追いかけながら叫ぶ。
「藍泰、その桃を持ち主に返すのだ!」
「……い、嫌だよっ!! 今更っ!!」
「返さねば、どうなるか分かっておろうな!?」
「知るかよっ!! そんなもん!!」
「……ほう……、良い度胸であるな……!」
「つーか、なんでいつの間に、いつも俺の前にいんだよ! やめろっつーの!」
「お主のことはなんでも分かっておるぞ!」
藍泰は足が早かったが、関羽は背がとても高いため、足も長く、そのため関羽も、当然のように足が速かった。
それに対して、いくら足が速くても、藍泰はまだ子供。
どちらが速いかは一目瞭然だった。
とうとう、藍泰は、関羽に捕まってしまった。
「捕まえたぞ、藍泰!!」
「ああっ!!」
関羽は、藍泰の腕をがっしり掴む。
「このわしから逃れようなどと、百年早いのだ!」
関羽は、厳しい目で藍泰の腕をねじ上げる。
藍泰は、激痛に悲鳴を上げた。
「いてっ、いてーっ!! なにすんだっ、いてーなあっ!!」
藍泰は、関羽から手を振りほどこうとしたが、関羽の力はあまりにも強く、力を入れることすら出来なかった。
「けち臭せーな! 大体、桃の一つや二つ、減るもんじゃねーだろ!?」
「いや、確実に減るであろうが」
関羽は、厳しい目で藍泰を見下ろした。
「分かっておるな、藍泰よ……」
「何がだよっ!?」
「お仕置だ。ついて参れ!」
「お仕置だあ〜? ついて参れって、殆ど強引にじゃ……」
「……何か申したか……?」
関羽は、鋭い目で藍泰を見た。
凄みのある関羽の顔に、藍泰は生唾を飲んだ。
「わ、分かったよ……!」
関羽は、藍泰を強引に、自分の馬に乗せて、その後ろに跨がり、手綱を引いた……。
パンッ、パンッ!
関羽の邸宅に連れて行かれた藍泰は、関羽にがっしり抱きかかえられ、手痛い尻叩きを受けていた……。
「悪い子であるな、お主は!」
「わーっ、バカっ、尻叩くのはやめろーっ!! 恥ずかしいだろーがっ!!」
「師に対して、馬鹿とは何事ぞ! それに男同士、恥じることなどなかろう!」
そう言って、関羽は、さらに強く、藍泰の尻を叩いた。
「ぎゃー! わっ、分かりましたすみませんっ!!」
藍泰の尻を叩きながら、関羽は説教する。
「藍泰、桃を黙って盗ることは、窃盗だ。とても重い罪であるぞ! 見つかったのが、わしで運が良かったな。もしお主が大人で、見つかったのが役人ならば、尻を叩かれるどころではない。お主の命はなかったぞ!」
「分かってる、分かってるよーっ!」
「大体、先日、わしと約束したばかりではないか!」
「あの約束は守ってるだろ! 塾のやつらもいじめちゃいねーし、周駿に本返したし!」
「屁理屈を言うでないぞ! だからと言って、盗みを働くとは、本を借りたまま返さぬのと同じか、もっと酷いことだ。常に、された方の心になって考えてみろ!!」
「ぎゃあっ、分かったよ。分かったから勘弁してくれ〜!!」
「他には、町の商店からも、黙って商品を盗っておったであろう!? わしは、全て分かっておるぞ!」
「そうだよ、俺だよっ!! 悪かった。悪かったよーっ!!」
「ほう。認めるのだな?」
関羽は、藍泰の尻を叩くのをやめて、藍泰を降ろしてやった。
「いってーっ……くうっ……、ヒリヒリする……」
藍泰は、顔を歪め、痛そうにお尻を擦る。
関羽は、藍泰の目を見て、静かに言った。
「では、明日、町の商店にお詫びに行くぞ。わしもお供致そう……」
「えっ!? なんで、関羽先生まで?」
「お主が悪さをしておるのは、師であるわしの責任であるからな」
「そんな……、関羽先生はなんも悪くねーじゃん!」
「そんなことはない。よいな、藍泰。明日、謝罪しに行くのだぞ」
「う……うん……」
「『はい』、であろう!?」
「はいはい」
「返事は一度でよい!」
「はいっ」
藍泰はちょっと懲りたようであり、口を曲げていた。
次の日、商店に謝罪しに行った関羽と藍泰であった。
古道具屋の店主が、穏やかに、関羽に挨拶をして、頭を下げる。
関羽は、町の商店の商人たちからも、大変篤く慕われていたのだ。
「これは、関羽さま。ようこそおいでくださいました」
「店主殿。今日もお元気そうで、何よりですな……」
関羽は、店主に丁寧に挨拶をして、頭を下げた。
「店主殿。どうですかな、ご商売は……。お変わりございませんかな?」
「はい、おかげさまで、順調にございます」
「実は、本日は、お詫びをしに参りましてな。我が教え子の藍泰が、そちらさまのお店の品物を盗ってしまい、心よりお詫びを申し上げる所存にござる……」
「ほう、そうでしたか……。これ、坊や。黙って人の物を盗るのは、いけないことだぞ?」
「ごめんなさい……」
自然に藍泰の口から、謝罪の言葉が出た。
藍泰が、心から申し訳ないと思っているのは、瞳を見れば分かる関羽は、優しい目で藍泰を見下ろした。
しかし、次の店は、これほどすんなりとはいかなかった。
しょっぱなから、飲食店の店主に怒鳴られた藍泰……。
「やっぱり貴様かっ! うちの商品を盗ったのは!!」
「!!」
藍泰は、ビクッとして、首をすくめる。
「今すぐ役人に突き出してやるからな!! 覚悟しとけや!!」
その店主はとても短気で、激怒して、藍泰の胸倉を掴み、今にも殴りそうであった。
「まあ、落ち着いてくだされ。店主殿……」
関羽が、穏やかになだめた。
しかし、次の瞬間、店主の口から思わぬ言葉が出て、関羽は目を見開いた。
「てめー! この前のはやっぱ嘘だったんだな!! この大嘘つきめが!!」
「……嘘とは、一体どのような?」
「関羽さま。このガキ、この前散々、おめーがやったんだろって問い詰めても、違うってほら吹いたんすよ!!」
「藍泰。なぜ、嘘をついた?」
関羽が、藍泰をじっと見下ろして、静かに訊ねた。
「……」
藍泰は、関羽から瞳をそらし、答えられずじっと下を向いていた。
関羽は、そんな藍泰の様子を伺っていた。
店主は、忌々しそうに関羽に言う。
「関羽さま。こんなどうしようもないクソガキ、見捨てた方が良いんじゃないですかい? 物は盗むし、嘘はつく。そんなんじゃ、どうせ塾へ行ったところで、勉強も出来ねえんだろ? クソガキじゃなくてクズガキだな!」
店主が、非常に意地悪そうに言う。
「……!」
藍泰は悔しそうに舌をかみ、下を向いて拳を握る。
そんな様子の藍泰を見た関羽は、店主に間違いを指摘した。
「店主殿、それは違いますぞ……。わしは、この子をそのようには思いませぬ。確かにこの子は、失態も多く、まだまだ未熟ではあるが、未来ある子供ゆえ、許してやっては貰えませぬか? ……わしがしっかりと見守り、教育していきますゆえ、お頼み申す……」
「関羽先生……?」
それを聞いた藍泰は、とても驚いて、関羽を見上げた。
まさか、関羽が、自分を庇ってくれるとは思わなかったのである。
「なんで……」
藍泰は、目頭が熱くなり、思わず視界が涙で霞みそうになったが、それを飲み込んで、関羽を見て呟いた。
「なんで、俺のためにそこまでするんだよ……?」
「しかしですね、関羽さま。こいつ、嘘までついたんですよ。嘘をつく自体、とても反省しているようには見えないんだけど?」
「確かに、嘘をつくことは、良くないことだ……。しかし、この子は、嘘をつくことでしか自分を守れなかったのだ……。この子をそのようにしてしまったのは、我々大人の責任。これから、その間違いを教え、きちんと正しい道に導かねばなるまい。今回のことは、この関羽の名において、どうかお許し願いたい……」
そう言って、関羽は深々と頭を下げた。
関羽がそのように言うと、激怒していた店主も、少し態度を穏やかにした。
この気の荒い店主も、関羽を尊敬していたためであった。
「……うーん。関羽さまがそこまで言われるなら。ま、良いけどな! その代わり、今度やりやがったら訴えるからなあ!!」
「……ごめんなさい……。もうしません……」
藍泰が、頭を下げている。
藍泰にとっては、人に素直に謝ることは、勇気のいることであり、一大事だったのである……。
やがて、謝罪を終えた藍泰と、それに付き添った関羽は、塾への帰路についていた。
関羽は、歩きながら、穏やかな様子で、藍泰の顔を覗き込む。
「心から、きちんと謝ったようであるな、藍泰」
「……」
「何か言いたそうな瞳をしておる。遠慮せず言うてみろ」
「……ん……」
藍泰は、雨がポツリポツリと降るように、関羽に本心を打ち明けた。
「……こんなこと言ったらさ。関羽先生、俺のことおかしなやつって思うかも知れねーけど……。俺、今まで、怒られたらだんまりか、逆ギレしてたんだ……」
「ほう……?」
「俺はどうしようもねーやつだから、謝ったら、相手は『謝りゃ済むと思ってんのか!』って言うだろ。謝らなけりゃー、『なんで謝らねえんだ!?』って言うに決まってんじゃん」
藍泰は、寂しそうに下を向く。
「……もう、こうなりゃ、とことんはみ出してやるしかねーって、思って。世の中、善悪白黒しかねーんだ。悪なら悪の極致を貫けってさ……。俺が、間違ってんのは分かってる。けど、一度はみ出しちまったら、もう戻れねーから……」
関羽は、優しく苦笑した。
「ははは……。ひねくれておるな……。お主なりに、不器用ながらも相手の心を読んでおるのだろうが、どうせこうだと考えてしまうのは、どこか自己中心的であるぞ。相手の前に、結果はどうあれ、まずは己の誠意の心を示すのだ。その心を示せば、いつかきっと、必ずや相手には伝わる」
藍泰は、関羽の言葉を聞いていた。
「しかし、また一つ、お主の心が分かったな。偉かったぞ、藍泰。勇気が要ったであろうが、よく自分の心を、わしに打ち明けてくれたな……」
関羽は、藍泰の頭を優しく撫でた。
「間違えたら謝る。人として、基本的であり、大事なことだ……」
「どうせ謝っても、許して貰えないって思うとさ。バカバカしくてよ。けど、すんなり言っちまえば、そんなに難しいことじゃなかったな……なんか、謝ったら相手に負ける、みたいな気持ちがあったんだ……」
「相手に負けるのではない。謝らねば、自分に負けたこととなるぞ」
「……そうだな……」
「お主は先程、言うておったな。『一度道を誤れば、もう戻れぬ』と。だがそれは違う。人は、何度でもやり直せる。何度でも立ち上がり、何度でも生まれ変われるのだ。それが出来るのは、お主自身だけであるということだ……」
「……」
「人より、歩みが遅くともよい。少しずつでも、前へ進んでいけばよいのだ……」
黙っていた藍泰の瞳に、光が宿っていくのが、関羽にはよく分かった。
かすかではあるが、希望の光が……。
藍泰は、関羽を見上げて、頭を下げた。
「俺のせいで、関羽先生にまで恥をかかせちまって、悪かった……。関羽先生はなんにも悪くねーのに……」
「わしのことならば、気にするな」
「なあ! こんな俺に未来なんかあんの?」
「もちろんだ。誰にも未来がある」
「こんな、どうしようもないやつにもか?」
「どうしようもないか、そうでないか。それを変えるのはお主自身だ」
「そうか……。そうだよな。俺しか変えられねーよな……」
「うむ……」
関羽は、藍泰に相槌を打った。
「あ! 小川だ」
関羽と藍泰は、歩いているうち、山林に差し掛かった。
そこには小さな谷に小川が流れ、川原が広がっていた。
「喉乾いた、水飲んでくる!」
「ああ……」
藍泰は、関羽にそう言って、元気良く川原へと駆け出した。
川岸に行った藍泰は、早速、川の水を汲んで、飲んでいた。
「うっひゃー、冷てーっ……」
関羽が、静かに笑って、藍泰の後を追い、川原に下りてくる。
「あ、いい石がある!」
藍泰は、丸くて平べったい石を拾い、上へ投げ、また手で受け止めた。
そして、いたずらっぽい顔で、関羽を見上げた。
関羽は、藍泰を覗き込む。
「どうした?」
「へっへー!」
そう笑って、藍泰は次の瞬間、身体をひねらせた。
「そぉれっ!!」
藍泰は、平たい石を、川の水面へ向かって、投げた。
バシャバシャバシャ……!
藍泰の投げた石は、勢い良く水面を切り、何度も跳ねて、やがて川底に沈んだ。
関羽は、目を見開き、笑って言った。
「ほう、水切りか……」
「おお〜!! 七回は切ったな!!」
「お主、水切りが得意なのか?」
「うん!! 俺、これが大得意でさ!!」
藍泰は、ニコニコ笑って得意気だった。
それを見ていた関羽は、かつて自分が、張遼に水切りを教えて遊んでいたことを思い出して、穏やかに微笑んでいた。
関羽が、笑って藍泰を見下ろす。
「わしも水切りは得意だ」
「ええ〜!? 関羽先生が〜!? ……なんか、そんな柄じゃねー気がするけど……」
「何を申すか。わしとて、子供の頃は常に、山や野原で遊んでおったのだぞ?」
「マジかよ……。で、水切りもしてたわけ?」
「ああ、そうだ。よく、近所の子供らと練習しておった。釣りをしたり、川で泳いだりもしておったぞ。それと、薬草を摘んだり、花を観賞したりな。本で見て、花の名を調べたり、よくしたものだ」
「はは……。そのへんがやっぱ、俺とは違うわ。じゃー、関羽先生。水切りやってたんなら、俺と勝負しようぜ?」
「ははは……。言われんでも、そうするつもりでおったわ。お主には負けられんぞ」
「すっげー自信。でも、今でも出来んの?」
「もちろんだ」
関羽は、大きくかがんで、平たい石を探し、丁度良い石を探したようだ。
「おお、これが良いかな?」
関羽は、身体をひねらせた。
さすがは、長身で身体の大きな関羽だけあって、身体をひねらせる仕草だけでも迫力がある。
「うわ……」
藍泰は、ごくんと唾を飲んだ。
単なる水切りでも、関羽の目つきは真剣で、怖いほどであった。
次の瞬間、関羽は石を投げた。
「むんっ!!」
関羽の長い髯が、遠心力によって、バサッと大きく揺らいだ。
バシャバシャバシャバシャ……!
関羽の投げた石は、勢い良く川の水面を切り、向こう岸の方へ跳ね飛んだ。
「ああっ!!」
藍泰は、仰天して、瞳をパチパチさせた。
なんと、関羽の投げた石は、水面を何度も切り、川の向こう岸へ到達してしまったのだ。
自ら投げた石を見届けた関羽は、髭を撫でて静かに笑った。
「まあ、こんなものであろう」
「げー、信じらんねー……」
藍泰は、水切りでも、関羽に度肝を抜かれてしまった。
水切りをしたあと、藍泰は、関羽と並んで川岸に腰を掛けた。
藍泰はただ座って、川に無造作に石を投げていたが、関羽は携帯していた小さな書物を読み、静かに読書をしていた。
藍泰は、そんな関羽を見て、笑っていた。
「なんか、親近感持った」
「なに、親近感?」
関羽は、そんな藍泰を見て、細い目を軽く見開く。
「俺と同じ水切りが出来るなんてな!」
「水切りは、石をいかに、空中にて抵抗を受けず、回転させるかが問われるのだ。だから投げ方や姿勢がかなり重要だぞ。ほれ、見てみろ。このような、なるべく空気抵抗を受けにくい、平たい石を選んでだな……」
関羽が、平たい石を拾い上げて、大真面目にそう言ったので、藍泰は笑った。
「ははは、そんなことマジな顔して言うなよな! 関羽先生っておもしれー……」
「なにを言うか。これも自然の勉強のうちぞ」
「……前は関羽先生のこと、俺とは世界が違うやつって思ったからさ……そんな難しい本、いっつも読んでるしさ」
「ははは……。なにを言うか。人は皆、兄弟なのだぞ?」
「だから、関羽先生は、血が繋がらない張飛さんとも、兄弟なんだな」
「そうだ。張飛も初めて会(お)うた時は、丁度今のお主のように、わしにぞんざいな口ばかり聞きおった。しかしあやつには、人を引きつけたり、元気付けたりする何かがある。単純だが純粋で素直で……。わしはあやつのそんな一面に、特に強く惹かれておるのだ。わしは何度となく、あやつに救われた……」
「そうなんだ」
藍泰は、すっきりした顔で笑っている。
「俺のこと、ちゃんと見てくれたの、関羽先生だけだ。ありがとな……」
そんな藍泰に、関羽も笑っている。
「藍泰。今日は、勇気を出して、よくぞ謝ったな。偉かったぞ」
関羽は、微笑みながら藍泰の頭を優しく撫でた。
藍泰は、照れている。
「よ、よせよ。照れちまうよ、ガキ扱いすんなよな!」
「ははは……。なにを言うか。わしにとっては、自分の子供同然に可愛いものだ」
「俺、前は、関羽先生のその髭、おばけだとかバカみてーとか、ひでーこと言っちまったけど……今はその髭が好きだぜ」
藍泰は、ポツリと呟いた。
「ほう……わしの髭のどのようなところを好いておるのだ?」
「それ、言わせるのかよ? 恥ずかしーな。……なんっつーか……柔らかくて、あったけえ感じで……けど、つえー感じで……うわっ!?」
関羽が、自分の髭の一部を掴み、しゃがみ込んで、藍泰の頬をくすぐった。
「なっ、なにしやがるっ!?」
「ははは、こそばゆいか?」
「やめろっ、やめろって!」
関羽の意外な一面を見た藍泰は、驚いていた。
「ははは……本当にお主は可愛いのう」
「こんなことするやつだったなんて……」
「少しお主をからかいたくなったものでな。意外か?」
「意外だっ!」
「張飛と似ておるわ。からかい甲斐がある」
「なんてやつだよ! 頭かてー堅物かと思ってたのに……」
「確かに以前のわしは、こうではなかった。だが今は、張飛の影響から、円くなったのかも知れぬな」
関羽が立ち上がり、藍泰に言った。
「さあ、参ろうぞ」
その夜。
関羽が、書斎で琴を弾いていた。
関羽の武骨でごつごつした指先が、手際良く弦を弾き、周りの空気を温かく優雅にする……。
そんな関羽の傍らでは、張飛が、感心して関羽の演奏を聞いていた。
「兄貴はやっぱ、すげーなあ! 琴まで弾けちまうんだからさ。マジでカッコいいよな!」
「ははは、張飛。褒めてもなにも出んぞ。特に酒代やつまみ代はな」
「え〜、そんな意味で褒めちゃいねーよ〜!」
「けど、関羽兄貴は、横笛も吹けるだろ? すっげーよなぁ! 出来ないことがないんじゃねーかって、ちょっとひがんじまうよ……」
「いや、お前のように、世の流行(はやり)ごとはよく知らぬな。お前は世の流行に敏感であろう」
「そっかー? ところで兄貴。あいつはどーなった?」
「あやつとは、藍泰のことか?」
「そーそー」
「うむ……。藍泰はまだ問題が多いが、あれでなかなか良い心を持っておる」
「そっか。そりゃ良かった。ま、兄貴にかかりゃー、どんなワルだって!」
「ははは……」
関羽と張飛は、希望を持ち笑い合っているのだった。
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