原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ
【4】 美髯の武神・関羽雲長
次の日の朝。
劉備の母親が起き出した。
劉備は、座り込んで、草鞋を編んでいたが、やがて笑顔で、母親に話しかけた。
「ああ、母上。おはようございます」
「玄徳、朝早くから草鞋を編んでいたのですね……」
「ええ。少しでも、生活の足しになればと……」
「ですが、無理をしてはなりませんよ」
「はい。では、行って参ります」
劉備はいつものように、草履を抱えて、隣町までそれを売りに歩いていた。
「草履はいりませんか〜? 草履ですよ〜……」
「おお、劉備さん! 昨日は大変だったね!」
「あ! 陳信さん! 貴方こそ、大丈夫だったんですか?」
「ああ、あの張飛って人、凄かったね! ……そうだ、草履を二足欲しいな」
「ありがとうございます! そうだ、陳信さん、肩こっているんじゃないですか?」
劉備は、陳信の後ろに回り、彼の肩を叩いてあげた。
「ありがたい! 気が利くよね、劉備さんは」
「だって、陳信さん。いつも肩こったって言っているじゃないですか!」
「いやあ、気持ちいいなぁ〜。ホントにありがとね!」
劉備に肩を叩いてもらい、陳信は気持ちが良さそうだったが、やがてふっと下を向いて、ポツリと、寂しい雨が降るように呟いた。
「……黄巾賊、いい加減にして欲しいよな……。大金なんて別に、いらないよ。俺らはただ、幸せになりたいだけなのに……」
「……そうですね……」
みんな、ただ、ささやかながらも、平和と幸せを願っているだけである。
それなのに、強い者が、弱い者を苦しめるような世の中……。
そんな陳信の様子を見た劉備は、思わず涙ぐみそうになった。
やがて、ありがたいことに、全ての草鞋が売れた劉備は、手ぶらになったので、身が軽い思いであった。
すると、劉備は、少し遠く離れた場所で、人がたくさん集まっているのを見た。
「あれ? 何だろう」
劉備が、人の集まっている近くまで行ってみると、立て札が立てられていた。
「あ〜、劉備さん。丁度良いところに来た。これ、なんて書いてあるの? 俺たち字が読めないんだよね。へへ……」
劉備と顔見知りの、農民の男性が、照れ笑いをして頭を掻いた。
「ええ、待ってくださいね、今……、え? 義勇兵を?」
「義勇兵!?」
劉備は、少しの沈黙の後、静かに呟いた。
「……黄巾賊を倒そうと、農民の中から義勇兵を募集しているんだ……」
「ええっ!? 義勇兵だって!?」
「そんな……。俺たちは、鍬しか持ったことがねーぜ!?」
「剣や槍なんか、持ったこともないのに、どうやって黄巾賊と戦うんだよ?」
農民たちは、騒然となり、かなり困惑していた。
劉備は、立て札を見て、深刻な顔で考え込んだ。
「なんということだ。とうとう、農民にまで義勇兵を募るとは……」
すると、劉備たちの近くに、一人の大男が通り掛った。
昨日、劉備を助けてくれた、張飛だった。
張飛は、義勇兵を募集している噂を既に聞きつけ、目をきらきらさせて、一旦、持っていた武器、蛇矛を地面に置き、腕をバキバキ鳴らした。
「へっへっへ。腕が鳴るぜ!」
そして、張飛は、蛇矛を持ち直し、立て札の前で呆然と立ちすくむ劉備に気が付き、元気に声を掛けた。
「おー、劉備じゃねーか。おっす!」
「おお、張飛殿ですか!」
「今日もいい天気だな。はっはっは!!」
張飛は元気良く笑い、劉備に話しかけた。
「張飛殿。昨日は、本当にありがとうございました。おかげで命拾いを致しました……」
「いいってことよ!!」
張飛は、上機嫌な様子で、劉備に肩を回し、劉備の顔を覗き込む。
「なぁ! ところで義勇兵のことは知ってるか?」
「あ、ええ、今、見ました……」
「劉備。お前、もちろん義勇軍に入るんだろ?」
張飛がわくわくしながら、明るく劉備に訪ねた。
しかし、帰ってきた答えは……。
彼が期待するものとは違った。
「いいえ、張飛殿。僕は義勇軍には出ません」
「はぁ!? なんでだよ!?」
張飛がびっくりして問い質したが、劉備は下を向いて呟いた。
「僕には、母がおりますから。それに僕には、張飛殿のような力がない……。僕なんかが出たところで、恐らく、国のために何にもならない……」
弱気に言う劉備を見て、張飛の眉がピクリと動いた。
「今、なんつった?」
「僕なんかが出ても……」
「バカヤローっ!!」
その途端、張飛の鉄拳が劉備に飛んだ。
「この弱虫のこんこんちきめ!! 男たるものが、そんなに弱気でどうするんだよ!」
「……!」
「りゅ、劉備さんっ! 大丈夫かっ!?」
「劉備さん、しっかり!」
陳信を始め、そこに居合わせたたくさんの農民たちが、飛ばされた劉備に駆け寄る。
張飛は、とても激怒して、劉備に怒鳴った。
「昨日は、細くて弱そうなのに、すげー度胸あるやつだなって思ったよ。でも、こんな後ろ向きなやつだったとは思わなかったぜ!」
「……」
劉備は、張飛に何も言い返せなかった。
張飛は、大きな拳を握る。
「やりもしねえで、口を開きゃ、無理だの出来ねーだの言いやがる。俺はなあ! よえーやつは嫌いじゃねー。けど、おめーみてーな後ろ向きなやつが一番、大っ嫌いなんだよ!!」
張飛は、持っていた蛇矛を乱暴に地面に置くと、劉備の胸倉を乱暴に掴み、そして怒鳴った。
「そこへ直れ! そのしおれた根性、一から叩き直してやる!!」
「張飛!」
その時だった。
突然に、聞いたことのない、男の低くてよく通る、凛とする声がした。
「!!」
張飛は、ギクッとしてその男の方を見た。
すると、男が一人、目の前に立っていたのだった。
その男の身長は九尺ほど、現代で言えば、なんと二〇七センチメートル程もあり、大柄な張飛より更に身体の大きな男であった。
また、彼を見ると一番印象的なのは、長く黒々とした、腹の辺りまでありそうな立派な顎髯と、口髭を蓄えたその渋い顔立ち、細く鋭い切れ長の瞳、太く整った眉毛、張飛のそれとはまた違う、筋骨たくましいがっしりとした体つきは大変男らしく、精悍そのものである。
彼の、その長く黒々とした髯は、何者にも惑わされず、癖がなく真っ直ぐなびいており、素直に重力に身を任せ、それはまるで、彼の清廉で聡明な性格を現すかのようであった。
そして、彼の右手には、長い柄の、武器が握られている。
刃先には、厚い布が巻かれているため定かではないが、どうやら、相当大きな大刀のようであった。
張飛が、びっくりして叫んだ。
「げっ、関羽(かんう)兄貴!」
「全くお前は、なにをしておる!」
彼は姓名を関羽という男である。
「やっべえ〜……また兄貴に叱られちまう」
関羽の姿を見た張飛は、さっきまでの荒っぽい態度をガラリと変え、慌てた。
泣く子も黙ってしまう大豪傑、張飛でさえ、どうやら彼、関羽には頭が上がらない様だった。
張飛が昨日、劉備に話していた『血の繋がらない兄貴』とは、この関羽のことであった。
関羽は、張飛に目を吊り上げた。
「見たところ、お前はこちらの若者に、危害を加えておったな」
「だってよお……こいつ、男の癖に、義勇兵募集の立札見ても参加しねえって言うんだぜ!?」
張飛は、劉備を指差し、口を尖らせて文句を言った。
そんな張飛に、関羽は説教をする。
「どんな理由があろうとも、お前のように人を暴力で従わせるとは、言語道断だ。わしはそんな人間は好かぬぞ」
張飛は、やや慌て気味に、関羽に言い返す。
「そりゃあ、関羽兄貴の言う通りだけどさ。けど昨日、こいつさあ。あんだけ黄巾にコケにされてたのに、納得できねーよ!」
関羽は、そんな張飛を見て、少し呆れるようにため息をつき、口を開いた。
「もうよい、全くお前は、騒動を起こさぬと気が済まぬのか……。行動を起こす前に、少しは考えろ」
「ちぇっ……。なんで俺の居場所が分かったんだよ、関羽兄貴」
「身の丈高い、虎髭の豪傑が暴れておると、先ほど人から聞いたものでな。それに、お前はやたらと声が大きいからな。これは張飛だろうと思って来たのだ。お前のことは、なんであろうとお見通しだ。全くお前は、また何をやらかすか分からぬからな……」
関羽は、更に、張飛の持つ蛇矛に視線を移して、彼に説教をした。
「それに、また蛇矛をそのまま持ち歩いておるのか? 危ないからきちんと布で包めと、いつも言うておるではないか。もし刃が、誤って人にでも当たったらどうするのだ?」
「ああ〜……だよな。わりいーわりい……」
張飛は、ばつが悪そうに頭を掻き、関羽は張飛の蛇矛用の布袋を手渡した。
「……お前はどうも、注意力に欠けるところがあるから、そのような危険も、考えられるであろう?」
「うん……面目ねえ……」
それを関羽から受け取った張飛は、蛇矛の刃先を布袋で包んだ。
そして関羽は、劉備の方に向き直り、持っていた大刀を自分の足元に置き、とても礼儀正しく挨拶した。
「これはこれは、貴殿が、劉備玄徳殿でありますな? お初にお目にかかる。それがし、姓は関(かん)、名は羽(う)。字は雲長(うんちょう)と申す者です」
関羽雲長(かんううんちょう)と名乗った長身の髭男は、やや戸惑う劉備に、恭しく一礼した。
「それがし、この者、張飛とは、三年ほど前に義兄弟の契りを交わした仲でござる。義弟のご無礼、それがしの名においてどうかお許し願いたい」
「……いいえ、関羽殿。張飛殿があれだけお怒りなのも最もです。そうか……、関羽殿が、昨日張飛殿がお話していた、義理のお兄上なのですね?」
「いかにも、その通りでござる」
「……え? ということは……、関羽殿は、今、二十三歳でいらっしゃるのですか? 昨日、張飛殿が、僕の年を、兄貴よりひとつ年下、と……」
「はい、いかにも。今年の夏に二十四になり申すが……」
「え〜、僕より一つ年上なだけ!?」
劉備は、驚いて、目を白黒させて、関羽をじっと見上げた。
「……す、すみません。とても大柄なせいもあるでしょうが、し、失礼な意味ではないのですが……。関羽殿はお若いのに、とても落ち着いていらっしゃって、……僕の方が全然、子供に見えますね……」
劉備が、慌てている様子で、あたふたしていたので、その様子を見た関羽は苦笑した。
「ははは……。姿形は、それほど関係ございまぜんぞ。劉備殿も、とても落ち着いていらっしゃるようだ」
「いえいえ、そんなことは……」
劉備は、恥ずかしそうに頭を掻く。
「まー、兄貴はおっさん顔だしな〜……」
「張飛!」
張飛がそんなことを呟いたので、関羽が目を吊り上げて諌めた。
劉備が、笑顔で、関羽を見上げる。
「それにしても……。関羽殿は、昨日、張飛殿がお話していた通りのお兄上ですね……」
「ほう……。こやつがそれがしのことを……。何と言っておったのですか?」
「はい。『とても真面目で、厳しいけれど優しくて、頭もいいし俺より強い』と。本当にその通りだと思いまして……。張飛殿がすごく嬉しそうに、お話してくれましたよ」
「ははは……。そうですか、こやつがそのように……」
関羽は、笑いながら、傍らにいる張飛の肩に、手を置いて言った。
「こやつは、短気で乱暴ですが、心根は純粋で、前向きで、正義感がある弟でありますゆえ……」
「もちろん、それはよく分かりますよ! 張飛殿はとても良い人です」
それを聞いた張飛は、殴った相手が自分を褒めたので、変な気分だった。
「……変なやつ〜!」
「ああ、そうか」
劉備は、瞳を見開いて、関羽を見上げた。
「撫でたいほど長くて、つやつやだというのは、関羽殿のそのお髭のことですか!」
劉備は、関羽の長い髭に目を奪われていた。
それを聞いた関羽は、軽く目を見開いて、自分の髯を持った。
「ほう……、それがしの、この髯ですか?」
「そうですよ。確かに長くつやつやで……張飛殿、そうでしょう?」
「そーだよっ!」
張飛が、少し不機嫌そうに、ぶっきらぼうに答えた。
「やはりそうですか。本当に、長くて綺麗で、立派なお髭ですね。……まるで神さまみたいだ」
関羽は、髭を優しく撫でながら、穏やかな様子で微笑んだ。
「そのようにお褒め頂けるとは、光栄にございますぞ」
劉備は、やや恥ずかしそうに頭を掻く。
「僕は、あまり髭が合わない顔みたいで、生やしてないんです……」
「あ〜、そーか! おめー、髭がねーから、俺より年下に見えたのか! ま、元々ガキっぽい顔だからな!」
「これ、張飛! なんと失礼なことを……」
関羽が、張飛を諌めた後、劉備に軽く頭を下げた。
「申し訳ござらん、劉備殿……」
「いえいえ、いいんですよ! ……ところで、関羽殿。突然で申し訳ございませんが、そのお髭、少し触っても宜しいですか?」
「もちろん、構いませんぞ」
「ありがとうございます。では失礼致します……」
劉備が、関羽の髭に手を伸ばしたので、張飛はやや不機嫌そうに言った。
「おいっ! 気安く兄貴に触んじゃねーよ!」
「張飛っ!」
「へいっ……」
「あはは……」
関羽が、一睨みと一声だけで、張飛を黙らせると、劉備は少しおかしそうに笑った。
劉備は、関羽の髭を優しく撫でている。
「本当につやつやで、気持ちがいいお髭ですね。でも、お手入れが大変なのでは?」
「ははは……。心配ござらん。もう慣れましたゆえ」
そんな劉備と関羽の傍らで、張飛が少々面白くなさそうに呟いた。
「ちぇっ……。兄貴の髭を触んの、俺だけの特権だったのによ〜……」
関羽は、劉備をじっと見下ろした。
「大丈夫ですかな? 張飛に殴られた頬は……。痛みますかな? ……失礼致す」
そう言って、関羽はとても優しい顔で、劉備の左側の頬に大きな手を伸ばし、そっと撫でて、頬の腫れ具合を確かめていた。
「大丈夫です」
関羽に頬を撫でられている劉備は、笑顔で関羽を見上げた。
関羽は、少し笑っていた。
「ほう……。ははは、こやつに殴られて大丈夫と申されるとは、大したお方だ」
そのまま、関羽は劉備を覗き込み、言葉を続ける。
「しかし、大丈夫と申されても、少し腫れておるようだ……。このような患部は、冷やすことが肝心ですぞ」
関羽は、近くの小川に気が付いて、携帯していた布を取り出した。
「丁度そこに小川がある。すぐにその冷水で、濡らした布で冷やすことに致そう」
「そんな、ご親切にどうもありがとうございます」
劉備は、関羽にお礼を言った。
関羽は、持っていた布を小川の水で濡らし、布を絞ると、劉備の頬に優しく当てた。
「少しの間、このように布を当てていれば、腫れは引くでしょう。歯なども折れてはおらぬようで、安心致した」
そして、関羽は、すぐ後ろにいる張飛を、目を細め、そして横目の厳しい目で睨んだ。
「全くこやつは、とんだ乱暴者で申し訳ござらん……。後ほどよく叱っておきますゆえ、お許しを……」
「げっ……」
関羽に鋭く怖い目で睨まれて、張飛はギクッとして、生唾を飲み、ひどく慌てていた。
張飛は、怒ると怖いが、この関羽は本気で怒ると自分よりも何倍も怖いことを、張飛はよく知っていたからである。
それを見た劉備は、関羽に言った。
「昨日は、張飛殿がいなければ、僕は今頃、死んでいたところなのですよ。ですから関羽殿。張飛殿をあまりお叱りにならないでください。お願い致します……」
「昨日は、大変だったそうですな。我が義弟がお役に立てて、光栄にございますぞ」
関羽は、目を細めると、静かに笑いながら張飛を見て、そして劉備に向き直り、笑っていた。
劉備は、関羽の誠意に答え、深々と、関羽に頭を下げた。
「はい。本当に助かりました! ありがとうございます……!」
関羽は、劉備をじっと見下ろして、少しかがんだ。
「関羽殿?」
「劉備殿。……お首がお疲れではないですかな?」
「え、首ですか?」
「……それがしはこの通り、身の丈が高く、他の方の首を疲れさせてしまうことが多いゆえ、日頃から、少々申し訳ないと思うておるのです……」
関羽は、さっきから、ずっと自分を見上げている状態だった劉備が、気掛かりだったのだろう。
気を使う関羽に、劉備はびっくりした。
「そんな……」
「ならば、それがしの方が、目線を合わせて話すべきだと思うのですが……」
「……関羽殿……。本当にお気を使って頂いて、お優しいお方ですね……」
「……兄貴って細けえ〜……」
細かいところに気が付く関羽に、張飛もびっくりして呟いた。
「でも、関羽殿。そこまでお気を使わなくて結構ですよ。かがまず、普通にお立ち下さい。張飛殿も関羽殿も、お背が高いのは、羨ましい限りです」
劉備は関羽と張飛を見上げて、明るく笑う。
その劉備の瞳は、輝いていた。
関羽は、目を細めて劉備を見つめた。
「良い目をしておる。まるで太陽の光のよう輝き……。劉備殿の噂は、それがしの耳にも届いておりましたが、まさに噂通りのお方。劉備殿には、ご聡明な風格がある」
「そんな……困ります。僕はそんな大それた者では……。何も出来ない、農家のせがれです」
「いえ、ご自分を謙遜なされますな。劉備殿は立派な人物です。さすがは先日、あの黄巾賊を相手に、勇気を出され立ち向かったお方ですな……」
突然出逢った、張飛、そして関羽という、立派な体格、風貌をした二人の男たち。
予想もしなかった非日常な出来事に、劉備は少々困惑していたが、真っ直ぐと関羽を見上げて話した。
「取り敢えずは、立ち話もなんですから、関羽殿に張飛殿。我が家はここからそう遠くはありませんので、我が家にお越し下さいませんか?」
劉備は、そう言って、関羽に深々と頭を下げた。
「我が家は狭くて暗い家ですが、どうぞご休息下さいませ」
「それはありがたい。では、劉備殿のお言葉に甘えることとしますかな……。これ、張飛。行くぞ」
劉備に答えて、関羽は笑ってうなずいた。
そうして、劉備は、関羽と張飛を自分の家に案内することにした。
町を抜けて、劉備が歩く。
その十メートルほど離れた後方を、関羽と張飛が並んで歩き、劉備の後をついていく。
関羽は、劉備を見て、自分の長い髯を右手で撫でる。
スーッ……。
また、彼は髯を優しく撫でる。
スウーッ……。
繰り返し、繰り返し、関羽は髯を優しく撫でている。
関羽の髯は、とても指通りが滑らかで、枝毛も抜け毛も全くなく、黒々としており、途中で指通りが引っ掛かることもなく、真っ直ぐに重力に従い、素直に垂れ下がる、艶やかな美しい髯であった。
しかも、その髯からは、うっすらと椿油の良い匂いがした。
日頃から、髯の手入れをきちんとしているのであろう。
それだけでも、関羽の、誠実できちんとした性格が窺えるようであった。
関羽は、その長い髯を撫でながら、呟いていた。
「うむ……。礼儀正しい。まるで清い川の流れのような、太陽の光のような、澄んで輝く瞳……」
関羽は、穏やかで優しい瞳で、劉備を見守っている。
「劉備殿は、心身共に、とても強いお方に違いあるまい……」
しかし、張飛は、信じられないという感じで声を荒げる。
「え〜? あいつが!? あいつなんて、てんで弱虫だぜ!」
「馬鹿者! 声が大きいぞ!!」
「むぐっ! んん〜っ!!」
関羽は、慌てて、張飛の口を塞いだ。
「げ〜……、げほげほっ。……苦しいっつーの! 関羽兄貴の馬鹿力っ!」
「張飛。お前が劉備殿を殴った時、すぐさまたくさんの民たちが、劉備殿に駆け寄ったのを覚えておるか?」
「あ、そういやあ……」
「お前にも分かるであろう、張飛。劉備殿はお若いのに、あれほどの人徳者なのだ。あれこそ、義勇軍の棟梁に相応しい資質を持つお方」
「そ、そうかぁ?」
張飛は、いささか疑問な様子で、関羽を見る。
「お前は人を見抜く力がないからな……」
「なにぃ〜? どうせ俺はそうだよっ!」
張飛がむくれている。 |
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