原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ

     【】 立ち上がる勇気(2)

「王星〜!! おうせ〜い!!」
劉備は、大声で、王星の名を呼んだ。
「どこだーっ!? おうせーい!!」
すると、かなり遠くから、聞き慣れた声がした。
「せんせーい!! 玄徳先生っ!!」
王星が、必死で、劉備の方へ向かってくる。
「王星っ!!」
「先生っ!!」
劉備は、走って来る王星を抱き止めた。
「無事だったのか、王星! ご両親はっ……」
「こ……黄巾の奴らに……!!」
「……殺されたのかっ!?」
とうとう堪らなくなり、王星が号泣した。
「うわああああん!! わああああん〜!!」
「……!!」
劉備は、ギュッと王星を抱き締めるしか出来なかった。

すると、何者かがこっちにやって来た。
「待てっ! くそガキっ!!」
黄色い帽子をかぶった、つまり黄巾賊の者であった。
どうやら、王星をしつこく追って来たようだ。

「ああっ!?」
「なにっ!!」
しかし、その、黄巾賊の男の顔を見た劉備は仰天した。
「貴様は、先日の、劉備玄徳!!」
「き……、昨日の者か!! 今度はこの子の村を……!?」
昨日の、頬に傷のある若い黄巾賊の青年であった。

その、頬に傷のある黄巾賊の青年は、怒り狂った様子で叫んだ。
「貴様のせいだ、劉備玄徳!! 貴様のせいで、俺は黄巾党を首になったんだ!!」
「何だって!?」
「この恨み、晴らしてやる。そのガキと一緒に今度こそ殺してやる。覚悟しやがれ!!」

劉備は、敵に怒鳴り返した。
「そんなの、八つ当たりもいいとこだろう!!」
「お前たちの大切なものを、すべて奪ってやるからな!! まずはそのガキからだ!!」
「……ふざけるな!! お前ら、どこまですれば気が済むんだ!!」



劉備は、とうとう、堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしろ!! 許さない。お前たちだけは絶対に許さない!!」
「黙れーっ!!」
「はああーっ!!」

とうとう、黄巾賊たちは、劉備一人に向かって来た。
劉備は、持っていた双剣で応戦した。



相手の槍を、劉備は双剣を交差させて防ぐ。
そのまま、反動を付け、劉備は双剣で敵を弾き飛ばす。

「くっ!!」
敵は、体制を整え、また劉備に向かってくる。
劉備は、身体をひねらせ、双剣を投げた。

「はーっ!!」
劉備の投げた双剣が、宙を舞い、敵に刃の雨となって降り注いだ。
「!!」
敵は、その場を退散した。
劉備は、双剣を構え直した。





劉備の双剣の腕は、かなりのものであった。
次々と、素早く鮮やかに、敵を一刀両断にした。







だが、劉備には瞬発力があるが、体力や持久力の方はそれほどなかった。
黄巾賊の一人一人を倒しても、後から後から仲間がわいてくる。
「はあっ、はあっ……。くそっ……なんという数の多さだ……!」
劉備は苦しそうに息を切らしていた。

「おい、劉備とやら!! このガキの命が惜しければ、動くんじゃねーよ!!」
「あっ!! 王星っ!!」



いつの間にか、頬に傷のある黄巾賊の青年は、王星を人質にして、劉備に脅しをかけてきた。
「い……痛いよーっ!!」
黄巾賊の青年は、王星の腕に、朴刀を突き付け、わずかに力を加える。
王星の腕から血が流れた。
「ぎゃーっ!!」
王星は、激痛に悲鳴を上げる。
「やっ、やめろ!! やめてくれっ!!」
可愛がっている王星が、苦しめられる様子を見てしまい、劉備は必死で叫んだ。

しかし王星は、黄巾賊の青年の腕に羽交い絞めにされ、そんな目に遭いながらも、健気に劉備に訴えかける。
「玄徳先生っ!! 僕はいいから、黄巾の奴らを倒して!!」
「……なんと卑怯な……!! しかし、仕方がない……」



劉備は、やむなく双剣をその場に置くと、ひざまずいた。
「分かった。もう抵抗はしない。その代わり、お前たち。少しでも人の心があるなら、その子には手出しするな……!!」
劉備は、とうとう堪えきれず、涙を流して最後の訴えをした。

「玄徳先生……!」
それを見た王星も、目頭が熱くなり、思わず泣きそうになった。



「わかったぜ。じゃあー、おめーのその勇気に免じて、このガキは許してやる!」
「……!」
劉備は、かすかな希望を見たような顔で、黄巾賊の青年を見た。

「……けどなー、やっぱり殺っちまうかな〜!」
「何だって!? 今、王星は許すと言ったではないか!!」
劉備は、険しい表情で黄巾賊たちに怒鳴った。

黄巾賊の男たちは、馬鹿にするように劉備をからかう。
「いやー、だって俺らも人間だし。手出しするなって言われっと、益々やりたくなるんだよな〜。そりゃああっ!!」

「うわああっ!!」
黄巾賊の青年は、王星を拳で殴り、王星はその衝撃で飛ばされた。
「あっ!! 王星っ!!」
王星は、その時、飛ばされた先に岩があったために、怪我を負ってしまった。
劉備は、王星に駆け寄ろうとしたが、黄巾賊の男たちが立ち塞がる。

「はあっ!!」
キインッ!!
また、剣と剣同士の、金属のぶつかり合いである。
劉備と、敵がぶつかり合っていたところへ、頬に傷のある若い黄巾の青年が、劉備の腹に、横から思いっ切り、蹴りを入れて来た。
「馬鹿めっ!! だあっ!!」
「うわあっ!!」

劉備は、バランスを崩し、地面に転がり、腹ばいの体勢になってしまった。
そのことで、敵に、大きな隙を与えてしまったのだ。
「へっへっへ。馬鹿な奴だ」
なんとか起き上がろうとした劉備の右腕を、頬に傷のある若い黄巾の青年は、思い切り踏み付けた。
「ぎゃあっ!!」
劉備は、激痛に叫ぶ。



じりじりと、彼は、劉備の右腕に体重をかける。
そうして、劉備が身動きを取れないようにして、頬に傷のある黄巾青年は、劉備に向かって、槍を振り上げた。
「死ねーっ!!」



黄巾賊の青年は、そのまま、劉備に容赦なく、槍を振り下ろそうとした。
(もう駄目だ!!)
劉備は、やって来る刃の傷みに覚悟し、身構えた。

「……?」
しかし、その痛みがなかった。
劉備が、恐る恐る、目を開けてみたら、目の前には信じられない光景があった。
「!!」
なんと、劉備の目の前で、黄巾青年の槍が静止しているのだ。
劉備は、ギョッとして、目を見開いた。



頬に傷のある若い黄巾青年の、槍の刃先が、大きな大刀の鋭利な部分に引っ掛かって、動きを止められていたのだ。

「!?」
そして、黄巾青年もギョッとして、一瞬呆然とした。
自分の手のすぐ上に、とても大きく武骨な手が添えられ、自分の槍を掴んでいる。

すぐそばに現れた、かなりの長身の偉丈夫。
黒く、真っ直ぐでとても長い顎鬚と、口髭が、さらさらと風になびいている……。
鋭く細い、切れ長の黒い瞳と、太く整った眉。
とても厳しい表情であった。



関羽が、青龍偃月刀と自分の手で、劉備に振り下ろされそうな敵の刃を、間一髪で食い止めたのだった……。

「むんっ!!」
関羽は、青龍偃月刀の柄の長さを利用し、そのまま、敵の槍を力いっぱい払い除けた。
「うわああっ!!」
頬に傷のある黄巾青年は、その反動で、遠くに飛ばされた。

関羽は、その隙に、劉備に手を差し伸べた。
「劉備殿。大丈夫ですか!?」
「か……関羽殿っ!!」
関羽に助け起こされた劉備は、すぐさま体勢を整え、双剣を拾った。
「あ……っ、ありがとうございます!!」
「お怪我はなされておらぬか!?」
「大丈夫です、怪我はありません……!」

関羽の傍らでは、張飛も、劉備を心配していた。
「おい、大丈夫かよ、劉備!?」
「張飛殿っ!!」



「そこをどけい! どかぬかーっ!!」
関羽は、王星を人質に捕っていた敵を、厳しい瞳で睨み付け、青龍偃月刀を振り回し、敵に怒鳴り、威嚇した。



「ひいいーっ!!」
敵は、怯えて、関羽から遠ざかった。
そして張飛が、黄巾賊の男たちが関羽に圧倒されている隙に、すぐさま走って、王星を保護し、劉備に託した。
「おい、劉備、双剣しまってくれ。……このチビを!!」
「あっ、王星っ!!」



しかし、王星は気を失っている。
劉備は、素早く双剣を鞘に収め、王星を抱きかかえて呼びかける。
「王星、王星っ! 大丈夫かい!?」
「大丈夫だよ、そいつは死んでねーから。こいつらは、俺が始末するぜ!!」
「劉備殿。ここは、それがしと張飛にお任せくだされ!!」
「そんな、僕も参戦します!!」



劉備が出て行こうとしたら、関羽が左手で、劉備をガードし、制止した。
「いや、なりませんぞ!」
「しかし、関羽殿っ!」



「劉備殿は、離れておいでなされ。その子をお守りくださるよう……」
「……!!」
劉備は、関羽を見上げて、抱きかかえている王星を、ギュッと抱き締めた。
敵を睨み付ける関羽の顔は、昼間の優しい顔とは全く違う、とても鋭く怖い顔になっていた。
劉備は、そんな関羽の横顔を見て、思わず生唾をごくりと飲んだ。

黄巾賊の男が、威圧的に叫ぶ。
「ふん、何をほざいてんだよ。大切な仲間の敵を討ってやるぜ!!」



関羽は、非常に激怒した鋭い目つきで、青龍偃月刀を構え、頬に傷のある黄巾賊の青年を睨み付けた。
「一人を大勢で襲い、小さな子供を人質に取り、しかも一度申したことを違えるとは、人としてあるまじきこと!! 雑魚どもめ、このわしが成敗してくれる!! 覚悟致せ!!」
「なんだと? さっきは、よくも邪魔しやがって……!」
頬に傷のある黄巾の青年は、忌々しそうに関羽を睨む。

「なんだてめーは!! 劉備玄徳の仲間か!?」
「いかにも」
「俺たちが雑魚だと? ほざきやがって!! 知らないことは怖いことだな!!」
「お主らの瞳を見れば、お主らがどのような人間か、全て分かることぞ!!」



「何だと? 瞳を見れば分かるだあ!? でたらめ言いやがって、うすらでかい髭野郎め。瞳だけで分かるわけねーだろが!!」

関羽は、厳しい顔で、黄巾の青年をじっと見た。
「……お主、見たところ、まだ若いではないか。幾つになる?」
「ふんっ。十八だ!」
「では、我が義弟の張飛と同い年だな……。だが人の道を踏み外しておるぞ!」
「なんだと?」
「お主、それほどの槍術を持ちながら、なぜ、黄巾賊などに入っておる?」
関羽は、厳しい顔で、黄巾の青年を見下ろす。



「お主は、若い身ながらも、それなりの考えや理想を持ち、黄巾に入ったのであろう……。しかし実際はどうか。黄巾は何の罪もない者たちを惨たらしく殺め、大切なものを根こそぎ奪い、不幸に陥れておる。そのような勢力に入っては、いずれお主の人生も崩れてしまうぞ。その槍術と志を、なぜ、太平の世を築くために使わぬのだ?」
関羽は、黄巾の青年の瞳を真っ直ぐと見て、言葉を強めた。
「これを機に、黄巾とは完全に縁を切れ。今度こそ、真っ当な人の道を歩むのだ!」
「……!」

関羽の説得で、頬に傷のある若い黄巾の青年は、少しの間瞳を見開き、黙ったが、やがてその場に唾を吐き、大笑いした。
「あはははは……」
「何がおかしい?」
関羽は、厳しい表情のまま、太い眉毛をピクリと動かす。
「何を言い出すかと思えば、説教かよ、髭野郎?」
黄巾の青年は、関羽を睨み付け怒鳴った。
「ふざけんな! 黄巾党と縁を切れ、だあ? 黄巾党こそ、真っ当な道だ。黄巾に逆らう者こそ、神に逆らう悪だ!」

関羽が、チャンスを与えたのに、黄巾の青年の頑なな歪んだ考えは、変わりそうにない。
「黄巾党に逆らう貴様らなど、俺が地獄に送ってやるぜ! いくら貴様が強くても、俺の槍の腕に敵うやつなど、いねーんだよっ!!」

「愚か者めが……」
関羽は、鋭く厳しい瞳から、その瞳をカッと見開き、恐ろしい形相で怒鳴った。
「お主なんぞ、すぐに、我が青龍偃月刀の錆となろうぞ!!」



その、あまりにも恐ろしい関羽の顔を見た黄巾賊の青年は、一瞬びくりとしたが、かまわず、関羽に怒鳴り返した。
「黙れーっ!! でやあ〜っ!!」
黄巾の青年が、槍を構え、関羽に向かって走ってきた。



「むんっ!!」
関羽は、青龍偃月刀を右手で振り回し、反動をつけて、がっしりと構えた。

黄巾の青年は、関羽に向かって、自分の槍を振り下ろす。
関羽は、青龍偃月刀をがっしりと構え、黄巾の青年を迎え撃った。

「はああ――っ!!」
「だあ――っ!!」
ガッキーン!!
凄まじい金属音が響き渡り、その場の空気が震えた。



「く……っ!!」
ところが、関羽の力はあまりにも強く、黄巾の青年の力ではとても力で押すことなど、出来そうになかった。
関羽が、かなり強い力なので、黄巾青年は焦っていた。



「くそおっ!! どりゃああっ!!」
「むんっ!!」
関羽は、防御体勢から、反撃体制に出た。



キンッ、キンッ、ガキンッ!!
関羽の凄まじい力が、振動になって、黄巾青年の腕に伝わった。
「うわっ!!」
あまりの凄まじい、関羽の攻撃に、黄巾青年は足元がよろけそうになった。
「お主の槍術はなかなかのものだ。しかしこれでは、わしには勝てぬぞ!」
「なんだとっ!?」

そのまま、関羽は、黄巾の青年を弾き飛ばしてしまった。
「は――っ!!」
「ぎゃ〜っ!!」
関羽は、容赦なく、青龍偃月刀を思いっ切り振り下ろし、黄巾の青年に斬り付けた。
黄巾の青年は、動脈を斬られたため、そこからあっという間に血しぶきが噴き出し、力なく倒れた。

「な……なんてこと……だ。こ……この俺が……っ……」
黄巾の青年は、倒れたままガタガタ震え、関羽をやっとの思いで見た。
関羽は、厳しい目つきで黄巾の青年を見下ろしている。
そして、静かに言った。
「……罪なき民たちを殺生した大罪を、償うがよい……」
「……つ……強い……。……ひ……髭野郎……っ、おめーの……名前は……」
「関羽と申す……。関羽雲長!」
「か……かんう……うん……ちょう……か……っ。な……なんて、つえーやつなんだ……っ……」
黄巾の青年は、弱々しい瞳で関羽を見て、そのまま力尽きた。
「……」
それを見た関羽は、なんとも言えない渋い表情であった。

しかし、その様子を見ていた黄巾賊の仲間たちは逆上した。
「き……、貴様っ!! よくも殺りやがったな!! だあーっ!!」
更に、別の黄巾賊の男が、関羽を狙って、関羽に朴刀を投げ付けてきた。

しかし、関羽は、臆することなく、青龍偃月刀を一振りした。
「むんっ!!」
バッキーン!!
「!!」



なんと、関羽が青龍偃月刀を一振りしただけで、敵の朴刀が粉々に砕け散ってしまったのだ。
なんという、硬い武器であろうか。
そして、関羽の腕力は、なんという強い力であろうか……。

敵は、粉々になって柄だけになってしまった朴刀を、唖然として眺めるしかなかった。
関羽は、敵をとても鋭く、恐ろしい目付きで睨み付ける。



「ひいーっ!!」
関羽に朴刀を壊され、武器を失ったその男は、慌てて逃げ出した。

「こしゃくな!! どりゃああ!!」
別の方から、黄巾賊の男が、関羽を狙う。
しかし関羽は、それを見逃しはしなかった。

「はああっ!!」
関羽は、右手に持っていた青龍偃月刀を、素早く左手に持ち替えると、その空いた右手で、左の腰に差してあった剣を素早く抜き、迫り来る敵めがけて投げ付けた。
「ぎええええっ!!」
関羽の投げた剣が、敵の身体に深く突き刺さった。

その突き刺さったところから、大量の血しぶきが上がる。
関羽は、その様子を、鋭く恐ろしい目つきで見ていた。

敵をあっという間に打ち砕く関羽。
とにかく、関羽は強過ぎる。
いくら、黄巾賊の男たちが束になってかかっても、関羽には通用しそうになかった。

「ひいっ!!」
それを見た仲間の黄巾賊たちは、自分にも迫り来る、死の恐怖におののいた。
関羽は、ゆっくりと、凄みのある顔で、恐れる黄巾賊たちに近付いた。
「たっ、たっ、助けてくれーっ!!」
しかし、他の黄巾賊の男たちは皆、既に関羽たちに倒されてしまったか、逃走して、誰も救いの手を出さない。



「あああーっ!!」
たった一人逃げ遅れた黄巾の男は、恐怖のあまり狂乱し、遂に失禁してしまった。
「来るなっ、来るなあ――っ!!」
関羽の顔は、まるで鬼神の如く、凄まじい顔をしている。

「……」
関羽は、その黄巾の男に、青龍偃月刀の青白く光る刃を向けたまま、敵の顔目前で五センチほどの隙間を残して、ぴたりと静止している。
「!!」



あまりの恐怖に、その黄巾の男はガタガタ震え、半泣きしている。

関羽は、恐ろしい形相で、黄巾の男を見下ろし、静かに言った。
「……この関羽を、倒せるものなら倒してみよ。だが、お主ら如きに、やられはせんぞ!」
「わ……悪かったっ。俺たちが悪かった!! だから命だけはお助けをーっっ!!」
「……そのように、どれほどの民たちが、恐怖に叫び亡くなっていったことか……想像出来ぬであろうな」



静かに言い放つ関羽は、余りにも重みがあり、恐ろしい形相であった。
普段は優しく、情け深い関羽だが、今度ばかりは、違っていた。
「そのような戯言など無用だ! 今こそ己を恥じ、死をもって罪を償うがよい!!」
「ひ〜!! い、いっ、命だけはお助けを〜!!」
「黙れ、黄巾め!!」

突然、その黄巾の男は、後ろから襟首を掴まれ、乱暴に持ち上げられた。
目の前に、張飛の恐ろしい顔があり、自分を睨み付けている。
黄巾の男は、悲鳴を上げる。



「う、うわあああ〜!!」
「ぬおおおお〜っ!!」
今度は張飛が、黄巾賊たちを鷲掴みにして、次々と放り投げた。
そうである。
関羽だけではなく、張飛もいるので、黄巾賊たちに勝ち目などなかった……。

「てめーら、馬鹿じゃねーの!? 兄貴をマジで怒らせちまってよー!!」
「ひいいっ!!」
張飛は、黄巾賊たちを一人残らず投げ飛ばすと、次々と、蛇矛で成敗していく。



「関羽兄貴はなー……」
張飛は、次に、黄巾賊の男たちの胸倉を掴む。
「俺でさえ怒られるの、こえーんだよっ!!」



張飛は、蛇矛を振り回し、最後に黄巾賊の男たちを、容赦なくめった刺しにした。
「言っとくけど。俺、関羽兄貴のように甘くねーからな! 覚悟しろよ!!」



「ぎゃあああ〜!!」

「に……、逃げろ!!」
「こんな……、バケモンにゃー、敵わねーっ!!」
「ひい〜っ!!」
残された黄巾賊たちは、急いで退散を始めた。
「貴様らのことは、黄巾党の正規軍に言って、成敗してもらうからなっ……!!」
黄巾賊の一人が、逃げながら、そんな捨て台詞を吐いていた。

ところが、それを、関羽と張飛が見逃すはずもない。
「逃がさぬぞ!!」
関羽は、ぎろりと黄巾賊たちを鋭い目で睨み付け、青龍偃月刀を構えた。
「むんっ!!」
次の瞬間、関羽は右手に力いっぱいの腕力を込めて、青龍偃月刀を敵に投げつけた。
「は――っ!!」
「!!」



ブンブンブン!!
青龍偃月刀は、勢い良く宙を舞い、回転しながら空気すらも切り裂き、とうとうそのまま、逃げていた黄巾賊たちの首を切り裂いた。
「ぎええっ!!」
「ぎゃああっ!!」
首を斬られた黄巾賊たちは、空中を飛んできた、関羽の青龍偃月刀で即死した。



ブンブンブン……!!
青龍偃月刀は、そのまま、まるでブーメランのように、方向を変えて、主である関羽の手に戻っていった。
ガシッ!!
関羽は、鋭い目付きのまま、自分の手に戻って来た青龍偃月刀の柄を、しっかりと掴み取った。



「でやあーっ!!」
張飛も、蛇矛を振り回し、散々大暴れした。
逃げる敵には、容赦なく、蛇矛を投げ付ける。
関羽と張飛の活躍で、王星の村を滅ぼした黄巾賊たちは、あっという間に裁かれ、成敗されていく。



数分もすると、騒然としていた辺りは静かになり、黄巾賊の男たちの空しい死体が積み重なるばかりであった。
「……」
劉備は、王星を必死で抱き締めながら、関羽と張飛を見守るしか出来ずにいた……。

「……」
関羽は、渋い顔で、先程自分が成敗した、黄巾の青年の遺体を見た。
「哀れなものよ。黄巾などにさえ入らねば、お主の人生も、もっと違っていたものを……」
例え敵でも、命は命。
関羽はそれを軽いとは思っていなかった。
敵であろうとも、命を奪う重さに変わりはない……。
関羽は、静かに瞳を閉じ、黙祷した。


次の日の朝。
劉備は、焼け野原で真っ黒になった村を見て、がっくりと肩を落とした。
「どうやら、無謀過ぎたようです……」
関羽と張飛は、だまって劉備を見ていた。
「僕にも、何かできることがあると飛び出したものの、結局は、関羽殿と張飛殿に助けられてしまった……」

「そんなことねーよ、劉備」
張飛は、笑って、劉備の肩をぽんと叩いた。
「俺、やっぱおめーを見直したぜ。強いとか、弱いとか、関係ねーよ。おめーはいざという時は逃げずに、ちゃんと勇気出して戦ったじゃねーか」
「張飛の言う通りです。劉備殿はやはり英雄です。人を救いたいという思いが、誰よりも強いお方です」
「いいえ、英雄は、関羽殿ですよ。本当にお強いのですね……。張飛殿も本当に……」
「いやいや、そんなことねーって! それにさ、おめーだって、なかなかの双剣使いだったんだな! すんげー動きだったし、なかなかやるよな!!」
「いえ、張飛殿。そんなことはありませんよ。……とにかく、ここにいては危険です。一旦僕の家へ……」
劉備は、疲れきって寝てしまった王星をおんぶして、立ち上がった。

その時、関羽は、劉備の肩を軽く叩いた。
戦いが終わった関羽の顔は、元の通り、穏やかで優しい顔であった。
「待ってくだされ、劉備殿。その子は王星、でしたな?」
「はい」
「確か、王星は怪我をしておったはずでは? その子をそれがしに……」

関羽は、張飛を呼んだ。
「これ、張飛。少し頼まれてはくれぬか?」
「なんだ兄貴?」
「青龍偃月刀(これ)を持っておれ!」
「う、うん」
張飛は、関羽から青龍偃月刀を受け取った。

両手が開いた関羽は、劉備から、寝ているままの王星を託され、抱きかかえて、彼の傷の具合を見た。

「この子の傷は切り傷と打撲ですが、幸い浅く、大した傷ではありませんな。しかし、菌が入れば、厄介だ……。この薬草は、こうした傷によく効くのです。ただ今、煎じますゆえ……」
関羽は、手際良く、王星の腕に、予め携帯していた薬草を煎じて塗り、雑菌が入らないよう消毒した後、余っている布を巻いて、応急処置をしてあげた。

劉備は心配そうに、関羽に尋ねた。
「王星は大丈夫でしょうか?」
「今、手当てを施しました。こうしておき、後はゆっくり劉備殿のご自宅で静養させれば大丈夫でしょう……」
関羽がうなずいて大丈夫だと笑ったので、劉備もようやく安心した。

「王星。さぞかし、怖かったであろう……。しかし、もう大丈夫だ。何かあれば、わしらが守るからな……。お主の、師を慕い庇うその心、感服致したぞ」
関羽は、とても優しい顔で、王星を抱き締めて、彼の頭を優しく撫でた。
劉備も、王星を、とても優しい顔で見て、その頭を撫でる。
「王星、もう大丈夫だよ。僕の代わりに、関羽殿と張飛殿が、怖い黄巾賊を退治してくれたからね。さっきは僕を庇ってくれて、ありがとう……」
そんな関羽と劉備を見ていた張飛も、明るく笑って、王星の頭を優しく撫でた。
「また黄巾の連中が来たら、この張飛兄ちゃんがぶっ飛ばしてやるから、安心しろよな!」

関羽は、王星を左腕で抱きかかえると、張飛から青龍偃月刀を返してもらった。
「済まぬな、張飛」
「ああ、大丈夫だよ」
関羽は、張飛にも声をかけた。
「張飛。お前も怪我をしたか?」
「なーに、兄貴! そんなもんちっとも!」
関羽の優しい気遣いに、張飛は明るく笑った。
「ところで、張飛」
「ん? なんだ、兄貴?」
「ひとつ気になっておることがあるのだが……」
「なんだよ、改まって」
「のう。張飛……わしは甘いのか?」
「あ〜……。いや、あれは、ほらよ。言葉のなんとかってやつでさ。兄貴は敵でも優しいけど、俺はそーじゃねーぞって意味だったんだよ。あはは……」
「言葉の綾か……」
「そー、それそれ!」


「母上、王星の様子は……」
「ええ、よく寝ていますよ」
自分の家に帰った劉備は、王星を床に寝かしつけ、心配そうに様子を見ている。
関羽が、寝台の端に座り、黙って静かに、王星の頭を優しく撫でて、見守っている。
その傍らでは、張飛もしゃがみ込んで、王星を心配そうに見ている。

そして、劉備は、関羽や張飛と話していた。
「劉備殿、よくお分かりになったでしょう。黄巾賊は、当初は太平の世を築くためになどと称し、実際はあのように、悪辣で卑怯な手を使う凶賊……」
「よく分かっています……」
「このまま放っておけば、この国は本当に滅亡してしまう。そうならぬためには、我らが義勇兵となり、軍を結成して、黄巾賊に立ち向かうしかないのだ」
「……黄巾賊は絶対に許せない……。しかし……」
「劉備殿には、人をまとめる力と、勇気、度胸がある。一番大切なものです」
「……!」
劉備の心は、激しく揺さ振られていた。

その時、劉備の母は、布袋に大事に包んだ剣のようなものを、劉備に差し出した。
「玄徳。とうとうこの時が来ましたね」
「母上……?」
それは、黄金に輝く、劉備が持つ双剣より、はるかに立派な双剣であった。
「お前の先祖は代々、この宝剣、『雌雄一対剣』を携えておりました。お前は漢王朝の中山靖王、劉勝の血を引く身の上なのです。それを忘れたわけではありませんね?」
「な!! 何だってっ!?」
「劉備殿が……漢王朝の血を!?」

その途端、関羽と張飛は仰天し、瞳を見開いた。
関羽は、劉備に深く土下座した。
「それがしの目に狂いはありませんでした。かつての皇帝の血筋とは……!! やはり、劉備殿は、生まれながらにして、上に立つお方です!!」
「か……、関羽殿……!」

「嘘だろ……。劉備のやつ、マジで漢王朝の血を……!?」
張飛の方は、依然仰天して、その場に突っ立っていた。

関羽が、そんな張飛に怒鳴る。
「馬鹿者! 張飛、このお方は頭が高いぞ、頭を下げろ!!」
「もっ、申し訳ねぇ!! 昨日は出すぎた真似をしちまった!!」
「劉備殿!! 今こそ、義勇軍の棟梁として、立ち上がってくだされ!!」
関羽と張飛は、劉備の前に土下座して、動こうとしない。
「……!」

劉備は、その様子を、複雑な気持ちで見つめ、少しの沈黙の後、自分の考えを告白した。
「……僕には、力がない。……しかし、できないことを何もせず嘆くより、今できることを考え、やってみる方を選びます」
劉備は、次第に前向きな顔になり、関羽と張飛を見た。
「関羽殿、張飛殿。貴方がたに頼る時もありましょう。それでも、僕にも出来ることがある……!」

劉備の母親が、劉備を真っ直ぐと見て、話した。
「玄徳……。国を平和にしようと立ち上がった者同士が、その目的を忘れ、争っては、結局は乱世が長引きます。自分の野心で動くのではなく、皆の平和のために動くのです」

劉備は、目を大きく見開き、母親から宝剣を受け取ると、母親と関羽、張飛に深く一礼をした。
「我々みんなの力で、世の中を変えましょう。僕にも出来ることがある、それを信じ、僕は義勇軍の棟梁を務めます!!」
関羽と張飛は、希望に満ちた表情で、劉備を見た。
「劉備殿!!」
「関羽殿、張飛殿。貴方がたのおかげで、僕は目が覚めました。いろいろとご迷惑をおかけするかと思いますが、宜しくお願い申し上げます」

劉備の母親は、感慨深げな表情で、息子の劉備を見上げた。
「玄徳。男は立ち上がらねばならない時があるのです」
「母上……!」
「王星と楊秀たちは、私が面倒を見ましょう。私のことは、何も心配せず、お前自身の信じる道を進みなさい」
「母上……。今日まで育てて下さって、本当にありがとうございました。僕は、この乱世を正すため、世に出て頑張ります!!」
「それでこそ、漢王朝の血筋を引く者です。よく決心してくれましたね。身体には気をつけて、頑張るのですよ……」

劉備の瞳は、少し涙で潤んでいる。
劉備の母の目からも、涙かこぼれていた。
その様子を、関羽と張飛は、にこにこ笑って見守っていた……。

   

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