三国志 〜生と死と心〜

原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ

     【22】 青天の霹靂

こんな風に、関羽と張飛はすっかり仲良くなり、張飛は、暇を見ては関羽の邸宅に通っていたのだった。
関羽と張飛が知り合って、丁度二週間後。
その日も、張飛は関羽の元に遊びに来ていて、明るく笑っていた。

「なあ、関羽。いつも世話んなってるからさ。今日は俺んち来てくれよ!」
「そうか……。しかしわしが行って、ご家族の邪魔にはならぬかのう?」
「なるわけねーだろ! 関羽のことは、家族にはいつも話してんだから」
「そうか……」
「逆に喜ぶぐらいだぜ!」
張飛の明るい笑顔に、次第に関羽も微笑んでいる。
「では、早速準備せねばな……」
関羽は、奥の間へ行き、なにやら準備をしているようだ。

「かーちゃん! ただいま」
「ああ、翼徳。お帰り……あら!」
「うん、こいつが関羽だよ。連れて来たんだ!」
「これは、関羽さま……! いつもウチの翼徳がお世話になっております!」
張飛の母親は、関羽を見るなり、酷く慌てた様子で、関羽に深々とお辞儀した。
そんな母親の様子に、関羽の方も恐縮している様子で、母親を覗き込んでいた。
「おお、お母上殿。どうかお顔をお上げくだされ」
「いいえ、いいえ……! 翼徳がいつも、非常にお世話になっているお方です。顔を上げるなんて出来ません!」
張飛の母親は、非常に恐縮した様子で、関羽に頭を下げている。

そんな様子の空気を、張飛があっけらかんと破った。
「なあ。とーちゃんは?」
「ああ、とーちゃんは張快(ちょうかい)と買い出しに行ったよ」
「そっかぁ〜。ははっ。早く帰ってこねーかな〜!」
「ちょうかい……それが、張飛のお兄上殿のお名前ですか?」
関羽が気が付いて、張飛と家族に訊ねた。
「はい、そうです!」

関羽は、張飛の母親に、なにやら包みを手渡した。
「お母上殿。これはつまらぬものですが……どうかお納めくだされ」
「まあ! これは……! お米ではありませんか!?」
張飛の母親は仰天して、腰を抜かしそうになった。
現在では、米はごく普通にありふれたものだが、後漢末期は非常に貴重なものであり、当時の民たちは主に、ひえや粟などを食べているのだった。

「ええーっ!? なんだってー!?」
張飛も、びっくりして身を乗り出した。
「マジで米かよ!? いーって、関羽! そんな貴重なもん、もったいねーだろ!?」
「いや、お気になさらず、お納めくだされ」
「しかし……」

ところが、少し考えていた張飛は突然、あっけらかんとした顔で、明るく笑った。
「まー、関羽がそこまで言ってんだ。貰っとこうぜ、かーちゃん!」
「翼徳、お前ねえ……。お米って大変なものだよ?」
能天気な張飛に、母親は呆れていたが、やがて関羽に向き直り、お辞儀した。
「では、関羽さま。ぜひご馳走させて頂きたいのですが、この米を使わせてください」
「そうですか。それでは喜んで……」
そんな母親の様子に、関羽は穏やかな笑顔で答えた。

「夕夏(ゆうか)〜! ちょっと!」
張飛の母親が、奥の部屋へ呼びかけた。
「なに、母さん? 翼徳、帰ってみたみたいだけど…… !」
その奥の部屋から若い少女が出て来て、関羽を見るなり目を見張った。
「誰?」
「夕夏、この方が、翼徳がお世話になってる、関羽さまだよ」
「えっ、あなたが……!」

張飛の姉、張夕夏(ちょうゆうか)も、関羽に深々とお辞儀した。
「弟が、いつもご迷惑をお掛けして、申し訳ございません!」
「ははは……。お聞きしておりましたぞ。張飛のお姉上ですな? 失礼だがお幾つになられる?」
「はい、十七になります」
「そうか、十七か……」
「わたしの上に、兄もいます。張快というのですが」
「はは……それも、張飛から聞いておりますぞ」

すると間もなく、やや中年の男性と、青年が入ってきた。
「あんた、お帰り! ほら、いつも話してた、関羽さまだよ!」
「えっ、そ、そーか! 関羽さま。私は張勢(ちょうせい)、翼徳の父ですっ!」
張飛の父親は、快活な感じの男性であり、関羽に元気良く挨拶した。
「お初にお目に掛かります。わしは関羽、字を雲長と申す者でござる。わしの方こそ、張飛にいつも楽しませて頂いております」
「ああ、いつも翼徳に聞いてますよ!」
そう言って明るく笑った張勢は、関羽を見上げて惚れ惚れしていた。

「それにしても、見れば見るほど、たくましい男っぷりだ! 長い、黒い髯にでかい図体。関羽さまは実に素晴らしい!」
「いえ、わしはそのそうな者では……」
「はじめまして、僕は張快と申します。翼徳の兄で、丁度二十歳になります」
「おお、そなたが……二十歳では、わしと同い年ですな」
「ええっ! 見えませんよ。ずいぶん落ち着いていらっしゃって……!」
「兄貴は、母ちゃん似だもんな!」
「そうだね。翼徳は父さんに似てるけどね」
「あはははは〜!」
関羽と、張飛たち家族は、明るく笑い合った。
関羽は、なるべく思い出さないようにしていた、今は亡き父・関悦と、母の笑顔を思い浮かべて、温かい気持ちになった。

そして、現在では夜八時頃。
関羽は、家に帰ろうとしていた。
この時代は電気もないので、日が暮れると相当に暗くなる。
「それでは、関羽さま! また近いうち、ぜひ我が家にお越しください。たいしたものはございませんが、ぜひ、ご馳走させて頂きます」
「お母上殿、心のこもったもてなし、深く感謝いたしますぞ」
「じゃーな! 関羽!」
「ああ、張飛。ご両親に孝行するのだぞ」
「関羽さま! また来てくださいね!」

こんな風に、お互い血が繋がっていないにも拘らず、関羽は、まるで弟のように、張飛を大変可愛がり、張飛は関羽に懐いていた。
こうして、その日から二週間後。
その日も、張飛は、関羽の邸宅に遊びに来ていた。
「張飛、ご家族はお元気か」
「うん、元気だよ! けどなんでだ?」
「ああ。最近、流行り病なども流行っておると聞いて、心配なものでな」
それを聞いた張飛は、明るく笑った。
「そーんなの! 俺の親だぜ? かかるわけねーじゃん。うちの家系は、みんな何故か丈夫なんだよ」
「そうか、それは何よりだが……。だがこの厳しいご時世、決して油断できぬぞ?」
「うん、分かってるよ」

その時……。
「大変だっ!!」
「!?」
一人の男が、息を切らして、関羽の邸宅の玄関に来た。
関羽と張飛は、驚いてそちらに注目した。

その男を見た張飛は目を見開いた。
「あれ? 魏勇(ぎゆう)さんじゃねーか」
「ちょ……張飛くん!」
魏勇は、張飛の家の近所に住んでいる青年だった。
張飛はキョトンとしていたが、魏勇は息を荒くし、険しい顔をしていたので、関羽も張飛も、ただ事ではないと身を乗り出した。
「張飛くんっ。うちの村が大変なんだ! 黄巾がっ!!」
「なにっ!?」
『黄巾』の名を聞いた張飛と関羽は、血相を変えて立ち上がった。
「わしも行くぞ」
「関羽……!」
関羽は、急いで武器庫へ走り、青龍偃月刀を手にした。

   

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