三国志 〜生と死と心〜

原作 羅貫中『三国志演義』 作・絵 彩ますみ

     【25】 相棒

こうして、関羽と張飛は、まるで本当の兄弟のように、仲良く暮らしていた。
ある日の夜のことだった。
「兄貴〜。ただいまぁ! ……あり?」
「よう帰られたな。しかし遅いではないか、張飛。もう少しで門限であったぞ?」
「固いこと言うなよ〜。なに、碁を打ってんの?」

関羽と、ある男性が、碁を打っているところであった。
男性は、ニコニコ笑って、張飛に礼をした。
「これは張飛くん、こんばんは。関羽さまに指導碁をお願いしているんですよ」
「あー! あんたは、隣町のおっちゃん! あれ、名前なんつった?」
「これ、無礼であろうが。許保(きょほ)殿だ」
「あー、そーだ。思い出した。許保さんだ!」

張飛は、許保を指差して叫んだので、関羽はまた諌めるのだった。
「これ、張飛。人を指差すでない。失礼だぞ」
「ははは……。関羽さまも相変わらずですなぁ」
「そうなんだよー。関羽兄貴、俺の家族よりかなり厳しいし。うるせーんだ」
「これ、張飛! うるさいとは聞き捨てならぬな」
「ははは……」
そんな関羽と張飛を見て、許保は笑っていた。

またあるときは、張飛が傷だらけで帰ってきたこともあったので、そんな時も関羽が対応した。
「張飛……お前ともあろう者が、一体どうしたのだ?」
「へへっ……。ちょっとムカつくやつがいてよ。だってあいつ……」
張飛は、傷だらけになったわけを、関羽に愚痴っていた。
「ふむ……確かにそれは、お前の方が正しいが、なれど暴力を振るうとは、良いこととは言えぬぞ?」

関羽は、そう言いながら、張飛の傷を見た。
「まあ、大したことはないであろう。一週間もあれば、治癒する傷だ……」
「うん……」
張飛は、珍しく少し黙っていたが、やがて関羽に口を開いた。
「なあ。前から、聞きたかったことがあんだけど……」
「む、どうした?」
「兄貴の、家族のことだよ」
「……」
「兄貴の家族も、まさか黄巾に殺られちまったとか」
「いや、違う……」

関羽は、少し黙っていたが、やがて心の中の気持ちを呟いた。
「わしの父母は、わしが殺してしまったようなものだ……」
「……えっ?」

張飛は、少しの間、分からないというような顔をしていた。
だが少しして、また話し始めた。
「なあ。関羽兄貴が、そんなに髭を生やしてるのは、呂澄ってやつのためだろ?」
「そうだ。彼が昔、まだ髯の短かったわしに、髭を伸ばすことを薦めたのだ」
「へえ〜。そいつは今、何処に? それは聞いてなかったよな」
「……彼は……」

関羽は、辛い胸の内を、一瞬堪えたが、やがて張飛の真っ直ぐな瞳の前に、真実をさらけ出した。
「彼は……もうこの世にはおらぬ……」
「えっ!?」
張飛は一瞬、目を見開き、驚いたが、関羽に頭を下げた。
「……そうだったのか……。わりい、まずいこと聞いちまったな」

張飛は、関羽を真っ直ぐと見て話した。
「話してみろよ、関羽兄貴。兄貴の抱える辛さ、全部。俺、誰にも言わねーからさ」
「張飛……」
「話せば、兄貴の気持ち、スッキリするかも知れねーじゃん。どーやら、関羽兄貴は、相当いろいろ抱えてそーだからさ……」
「……」
「兄貴、まだ、俺には全部は言ってねーだろ? 俺は一応、兄貴の義弟だ。だったら、さらけ出して欲しいぜ」

関羽は、大きく深呼吸をして、静かな様子で、張飛に自分の過去を打ち明けた。
長い時間をかけなければ、関羽でも話せないような、辛く苦しい過去の話であった。

「呂澄真英は、わしと同い年だったが、よくわしが学問を教えたりしておった……。読書や勉強が苦手だといつも言っておった。わしが心を許せる友であった。そうだな、呂澄は、張飛。お前に似ておったな」
「へえ〜、俺に?」
「呂澄は、お前と同じように、瞳が輝いておった。塩の密売は、危険な仕事だが、呂澄は故郷のご両親に楽をさせてやりたいと、とても前向きであった。だが……」

その後、関羽は、今まで自分に起こった出来事を、全て張飛に話した。
張飛は、険しい顔をして、真剣に聞いているのだった。

全てを話し終わった関羽は、瞳を閉じた。
「わしは知らぬ間に、董海を傷付けておった。済まぬと思うておる……。わしは、全ての者たちの命を、奪ってしまった……」
「はあ!? なに言ってるんだよ、関羽兄貴。兄貴はなんも悪くねーじゃん。そんなのそいつの、つまんねー焼き餅じゃねえか!」
張飛が篤くなって声を荒げた。
「その董海ってやつ、最低だな。ろくなやつじゃねえよ。関羽兄貴につまんねー焼き餅焼く暇があったら、さっさと自分磨く努力でもしろってんだ!」
「張飛……」
「兄貴は、なにも気にせず堂々と胸張ってりゃーいいよ。兄貴。今日も明日も明後日も、意味があんだろ! 兄貴が言ってたんじゃねーか」
「張飛……、お前は本当に、前向きなやつなのだな」
「俺は知ってるよ。関羽兄貴の優しい性格」

張飛は、気持ちのいい笑顔で、関羽を見た。
「そりゃあ人間だからよ。関羽兄貴のこと、十人中みんな好きか? って言ったら、そんなわけゃあねーよ。いろんなやつがいるしな。でも俺は、兄貴が大好きだぜ! それだけは間違いねーんだからよ。それでいいじゃねーか!」
「張飛……」
「それにしても最悪なやつだな、董海ってやつ。もし目の前にいたら、叩きのめしてやるのにさ! 呂澄ってやつが、可哀想だぜ」
「……呂澄を失ったことは、わしとしては断腸の思いであった……」
「なんだ、『だんちょう』って?」
「……断腸の思いというのは、腸が千切れるほど、悲しいという意味だ」
こうして、関羽はとうとう、張飛に、全ての過去を打ち明けたのだった。

この広い中国大陸である。
しかも現代とは違い、パソコンはおろか、メールもテレビも電話も、電気すら、何もかもが存在しない時代。

それでも、運命というものはあるのだろうか。
やはり、神仏という存在はあるのだろうか?

このたった一週間後、関羽は、思わぬ人物と出会うことになるのだった……。

   

拍手ボタンです!\(^0^)/
お気軽にポチッと、どうぞ!(^^)v

inserted by FC2 system